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『ビギナーズ・クラシックス 古事記』

ホンとの本

『ビギナーズ・クラシックス 古事記』
角川書店編
角川ソフィア文庫
\629+
2002.8.

 定評のある、ビギナーズ・クラシックス。古典を身近なものにした功績は大きい。
 確かに、古典を全部載せて文庫にすることの意義は大きい。文庫でないと、ずいぶん立派な装丁本を購入しなければならなくなる。専門家はよいだろうが、一般人には手が出ない。しかし、文庫が手に入ったからと言っても、一般人はそれを読みこなす力量がない。学習者なら古語辞典を繙いて挑戦をするかもしれないが、多くの読者はそういうわけにはゆかない。だが、何らかの形で古典の原典に触れたい。誰かの粗筋・まとめの受け売りではなく。
 適切にハイライトを選び、古文も添えるが、現代文訳だけを読み進めても十分堪能できる。そしてその記事の意義やその背景なども説明が加えられるので、とびとびではあろうが、その古典全体を辿ったような気になれる。そして巻末には豊かな資料。もう十分な企画である。ありがたい。
 昔、原典と解説の付いたものを読んだ。全部覚えているわけではないが、有名な話については、その時代にはそこそこ共通理解の領域があった。さすがに子どもの世界では、イザナギとイザナミの露骨な性描写が解説されるわけではないが、物語として知っているのはいわば常識であったのではないだろうか。
 いまどき「古事記」など、読む若者はめったにいない。軍国主義の時代は必須の強要も、逆に平和の時代には禁じられたというのだろうか。抑えこむのはネオナチの問題ではないが、あまりよいことではなく、それを妙な具合に知った若者が、古事記にのめりこむような懸念もある。また、オウム真理教のように、宗教に対する無知から、恐るべき世界に暴走するという可能性もあるのではないかと思う。
 日本の歴史や思想を知る上でも、その原点にもなりうる「古事記」や「日本書紀」については、一定の教養は求められて然るべきだと考えている。
 この文庫、読むのにも手頃であるし、解説も丁寧で分かりやすい。なかなかよいシーンが集められているのは当たり前であろうが、後半の天皇の冒険物語のようなところは、きっと様々な事実伝承に何らかの関わりがあって、生々しい人間の出来事が反映されているのだろうと推察するばかりである。天皇家への過度な儀礼が、実は今の時代にもあるような気がしてならないが、その祖先の人間くさい物語はもっと知られてよいのではないだろうか。人間天皇などと戦後宣言されて、それはそうなのだが、その内実は、やはり別格の存在だという空気が非常に色濃いような気がしてならないのだ。基本的人権がないのもそうだが、イギリス王室に対するイギリス国民の態度とは、質的に決定的に違うものがあると感じるのだ。
 いや、「古事記」は神話だ、として歴史ではないものと断ずるなら、それはそれでよし。しかし史実を含んでいるとするならば、むしろその人間性を改めて考慮する契機にもなるのではないだろうか。もちろん、この記事では神々からの流れがあるものだが、そうなるとまた、日本における「神」とは何かという問題にもなる。キリスト教が同じ「神」という語を拝借したところから、難しい事情も紛れ込んできたと言えるのかもしれない。
 いずれにしても、本書は適切な配慮と面白さとが満載であり、キリスト者の皆さまも、もしもだが、内容をご存じない方がいらしたら、読んで学ぶ価値が十分にあると思う。創世記やその他の聖書の物語を見る眼差しも、少し変わってくるかもしれないのではないか。




Takapan
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