本

『古代イスラエル史』

ホンとの本

『古代イスラエル史』
マルティン・メツガー
山我哲雄訳
新地書房
\3900+
1983.7.

 新約聖書の本文研究。名著とされる新約聖書の文献入門に圧倒され、続いて同じ著者のイスラエル史の本を知り、探した。物事を分かりやすく書くことのできる人というのは、やはり何を書いても分かりやすい。同類の内容で一般向けの新書の類を見たことがあるが、それではぴんとこなかったことが、本書では実によく分かった気がした。なめらかな叙述、関係や論理が整然としていることと、この固有名詞をしっかり見ておくのだといった配慮によって、たいへんスムーズに読み進むことができた。
 とはいえ、いつもながら、一日10頁かそこらである。しかし翌日に続きを読んでも、前日の流れが保たれているように感じるということは、それだけ自分の中に書の流れができているからにほかならない。これは著者の才能であるだろう。あるいはまた、訳者の見事さというところを言うべきなのかもしれない。
 時系列に伴い、さすがに神話的題材をくどくど述べることはしないが、古代イスラエルの地理の解説から丁寧に始め、読者をイスラエル世界に誘ってくれる。著者は考古学の分野でも現地に降り立ち指揮するなど活躍した人だそうで、実証的・歴史的な根拠のある調査と研究によって、私たちに確かな情報を伝えてくれる。
 そうして、聖書の時代の説明を、聖書本文を根拠に置くのではなく、実証された事柄や他の文献資料により見出された周辺諸国またはイスラエルの地における歴史を知らせようとする。教科書のような読みやすさがそこにはある。
 実は日本語版への序文というのが寄せられているのだが、そこで、ドイツのノート説を自分はできるだけ踏襲し、その上で展開している部分があることを告げている。こうした方針を明らかにしているということは、読者にとり有難い。本書をどのように読めばよいのか、スタンスが決まるからである。それが読者自身にとって気に入る、入らないはともかくとして、どのように読めばよいかを指示してくれると思うのである。
 イスラエル史を述べるにあたり、ともすればイエスの時代に重きを置き、詳述したくなるのがおそらく学者一般の思いではないかと思うのだが、この本ではそこも公平に扱っている。時代的な長さからすれば、イエスの生涯はイスラエル史のわずかなものである。それに見合った解説が施され、しかも不足感を与えないところはやはり見事である。
 イスラエルの歴史としては、第一次、第二次のユダヤ戦争にて終結する。これ以後はイスラエルの歴史は現代のイスラエル国の復活になってしまうであろうし、なにぶん書名に「古代」が付く。ディアスポラとなったユダヤ人たちの歩んだ道を辿ることはしない。
 但し、最後に痛烈な一撃を加えている。パウロのローマ書におけるけイスラエルの救いについて詳しく述べた後、キリスト教徒がユダヤ人たちを迫害した事実について、厳しい評価をすることになるのである。それは、著者自身もまたその中のひとりであるという意識を以て言っているのかどうか、それは定かではない。しかし私は、たぶんその意識の中で発言しているのだと思いたい。そして、この研究を受け取った現代人の誰もが、この歴史の延長にいるし、この歴史書の後の出来事に責任があるのだという思いで、いまここから歩み出していくべきであることを、含んでいるのだと理解したいのである。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります