本

『古代の福岡』

ホンとの本

『古代の福岡』
アクロス福岡文化史編纂委員会編
海鳥社
\1890
2009.03.

 国際交流・文化交流の拠点として、旧県庁跡地につくられた建物として、アクロスは福岡に定着している。財団法人アクロス福岡が、地元の伝統文化を紹介する試みでつくったシリーズの第三弾がこの本である。
 福岡と博多の区別はいまや有名だが、ともすれば東京あたりの人から見て、九州最大の都市、というだけで終わってしまうかもしれない。いやいや、福岡は歴史の点で突出した地でもあるのです、というと、じわじわ歴史の本で学んだことが想起される程度であろうか。
 歴史は時折ブームになる。最近もそうだろう。大河ドラマが人気になることもあるし、素人歴史家が、あれやこれやと議論のある説を展開するのも珍しくない。
 そこへいくと、邪馬台国論争は、永遠の謎だとも言われる。基本的に、九州説と畿内説とに分かれると言われるのだが、とくにこの福岡の地においては、金印の発見などが古代における実証性をもつと同時に、魏志倭人伝の記述の確実な北九州との一致が、有力な根拠となっている。果たして「邪馬台国」なるもの、あるいは「卑弥呼」なる巫女の存在がどうだということは別にしても、この地域は、古代の文明の先進地域であったということについては、疑う余地がない。中国と朝鮮からまず日本に入ってくるとすれば、まずはこの地になるであろうからである。
 それゆえ、遺跡や歴史的発掘の成果は、邪馬台国云々に限らない。福岡はとくに奴国と呼ばれていたようであるが、私の育ったところも、近くに行けば古墳があるということで、それも別段珍しくないことであつた。
 大和政権が近畿に確立したときも、そもそも神話は九州を舞台にしてすらいたし、太宰府は重要なポストであった。そして、歴史というものは、時の権力者が自らを正当化するために書き換えることが通例であったことを思うと、とことん否定されてもよいような九州が、やはり重要性を保ったまま遺されたことに、偶然ではない意味を見いだすことは可能であろう。
 しかし、そのような推測や推論で歴史を語ろうとするのは、基本的に間違っている。許されるのは、そこから発掘された品々である。出土したものがすべてである。紙などの資料が期待できない以上、目指すは発掘である。
 この本は、歴史的背景や由来を十分説き明かすと同時に、遺跡や地域の写真をふんだんに取り入れ、確かに地元の歴史的資料を一覧するのに相応しい内容となっている。文化誌という目的は十分達成されていると言ってよいであろう。
 資料は、すべて発掘するばかりとは限らない。福岡には、沖ノ島という、生きた化石ならぬ生きた遺跡がある。島全体がそうであり、今なおタブーとされる掟の中に、言い伝えられるべきものが今なお生きていると思われるのであるから、きわめて特異な場所でもあると言える。
 確かに、歴史に詳しい者でないと、この本のすべての価値を感じることはできないかもしれない。だが、どの町にも歴史資料館があり、そこを尋ねると古代の遺物が必ずやいくらかでも並んでいるという、この古代史の舞台福岡において、せめて住む者が、こうした昔の人の生きた証しを知ろうと思い、また、自分の祖先に何かを問いかけたいと望むのだとしたら、きっと今を生きる私たちも、自らに意味を見いだす道が見いだされるだろうと考える次第である。私たちの存在も、いずれ歴史となる。その歴史を、誰かがよみがえらせてくれることを願うのは、まるで自分の復活を願うようなものであるかもしれない、などと考えてはならないだろうか。




Takapan
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