本

『地図とデータで見る 気象の世界ハンドブック』

ホンとの本

『地図とデータで見る 気象の世界ハンドブック』
フランソワ=マリー・ブレオン,ジル・リュノー,序文=ジャン・ジュゼル,鳥取絹子訳,ユーグ・ピオレ地図製作
原書房
\2800+
2019.9.

 2015年にパリで開催された、第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された、気温上昇を抑えるための国際合意が、記念すべき結果であった、ということの説明から本書は始まる。そこから、気候の将来についての理解を深める、教育的な効果を狙った本書がつくられていくこととなった。ひとつの大きな主眼は、低炭素社会への転換であ。温暖化と気候変動を制御するためである。これがどういう意味をもつものか、実に緻密で、しかも広い視野をもつデータを、非常に分かりやすい仕方で提示したものがここに集まっている。まことに素人にもビジュアルに分かりやすい資料がカラーで立ち並んでいる。これは誰しもが関心をもって一度は見なければなるまい。
 まず「気候」とは何かについての理解から流れていく。その観測や雲、過去の氷河期などの知識から、炭素循環という考え方。この辺りは、中学の理解程度で十分理解できる範囲である。気候を考えるにあたっての基本的な知識が前提となるべく説明されていく。エネルギーバランスから地球の生態系の事実についても学習しておく。そうして、人間がそこに関わる時の問題が始まっていく。
 この辺りが、しばしば地球環境問題として挙げられるものである。気温の上昇、氷河の後退、その故にまた海面の上昇が懸念され、温室効果がもたらされる。化石燃料の使用により二酸化炭素が放出されているその具体的なデータに、オゾン層についての理解、森林破壊という、見えにくい問題も実は戦慄すべき現実があるということも示され、最後にエアロゾル、つまり空中浮遊微粒子の存在を知らさせる。これは太陽光線を反射したり吸収したりすることで、地上の気温上昇を抑える働きがあるのだが、その功罪については簡単には定められないとされている。なにしろ、煤煙だの硫酸塩だの、大気汚染の原因となるものがこの効果を発揮するのである。環境問題は、一筋縄ではいかない。
 そこで、気候温暖化ひとつだけを題材として、そこから地球はどのような変化を受けるものかが詳細に調べられていく。暴風雨や熱波などの異常気象の原因とまず考えられる。これは日本でも近年非常に問題となっている。台風のコースもかつてと違うことが指摘されているが、ゲリラ豪雨や、十年に一度、五十年に一度の大雨が毎年のように降っている現実をどう捉えたらよいのか。従来の雨に備える都市機能や土砂対策が完全に崩壊し、激甚災害が立て続けに起こっている。そうなると、その復興費として予算が予備費から計上されることとなり、ただでさえ逼迫している国家経済がさらにダメージを受けることとなる。もはや従来のままでの環境予測では太刀打ちできなくなっているのだ。この深刻さを、適切なデータ分析から、真摯に捉えて対策を練っていくことがなければ、今後ますます社会も経済も混乱し、あるいは破綻しかねないことになってしまうであろう。気候変動は、もはや「異常気象」の一言で分かったようなふりをする段階ではなくなっている。その「異常」がすでに「常態」となっていることを認め、その防御に加え、それを常態化させない原因的な対抗措置を執らなければならないはずである。私見では、それは私たち一人ひとりの意識と、経済市場システムを決定的に方向転換しなければならないと思う。
 さて、本書はさらにデータを通じて具体的に、氷の融解から土地の水没、そして生物多様性の危機に加え、農業や漁業の困難が迫っていることに危惧を抱くよう仕向ける。日本で続く水害において、いまひとつ報道が薄いのだが、ともすれば画になる水没場面や破壊された住宅と畑、さらには避難時の無謀な方法をセンセーショナルに紹介するばかりであることを憂う。水害の後に大問題となるのは、衛生問題なのである。もちろん財産が奪われることは不幸である。しかし、泥の掻きだしの際、そこに蔓延する細菌からの感染を防ぐ手段が第一にとられていないと、作業中の怪我による傷口からの感染が予想されるし、家財道具に付着した細菌の恐怖が意識されていないと、その後の生活の中で病気が広がることとなる。抵抗力の劣った方や老幼者は一撃となる。これが温暖化問題に際しても同様であって、気温上昇により、かつては熱帯にしか出現しなかった伝染病が、温帯地域にもたらされることになる。熱帯のようにその問題について知識と予防システム、そして感染の対する知識の欠ける地域においては、致命的に伝染病が広がっていく可能性が高い。こうした問題に加えて、戦争や紛争に拠るのではなく、気候変動にまつわる難民すら現れている現状について、私たちはあまりにも無知である。無知であることが、危機的であると見なしてはいけないだろうか。
 そこで、私たちは行動に出なければならない。ではどうすればよいのか、ということである。そのシナリオも本書は提案している。未来のシナリオについては、楽観的なシナリオと悲観的なシナリオと両方が必要である。その間にありうるあらゆる事態を想定して、真摯に向き合わなければならない。対策を立てねばならない。それはかけ声だけであってはならない。資金調達の問題がある。意識の変化も必要である。事実経済が進んでいくときに、そのエネルギー問題も含めて、各国が納得のいく仕方で足並みを揃えていく必要がある。しかしこれほど難しいものもない。農業一つとっても、これまでと変わるべき部分があるはずだし、都市の構造も一変させなければならなくなることが検討されるべきである。私たちの日々の生活も、一つひとつの営みについて反省を強いられることとなるだろう。
 これらを、感情論や理想論で抽象的に唱えるのではなく、すべてを適切なデータを目の前に置いて語るところに、本書の真実さがある。これは利害に基づくイデオロギーなどではないのだ。差し迫っている問題である。そしてそれは、私たちの生活そのものへの関与が求められるものであり、何より私たちの意識の改革を必要とするものである。そしてそれを可能にするものは、教育である。だから本書は、まさに教育の書なのである。大人たちはもうダメであるとしても、若い世代、次の子どもたちに、これを伝えなければならない。私たちは悪い大人というだけで終わってはならないと思うのだ。




Takapan
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