本

『きげんのいいリス』

ホンとの本

『きげんのいいリス』
トーン・テレヘン
長山さき訳
新潮社
\1300+
2018.4.

 オランダの作家で、あまり表には出て来ないが、文学賞をいろいろ受けている、元来医師である著者。動物が主役の物語を得意とする。その中でも、2016年に邦訳された『ハリネズミの願い』は、本屋大賞翻訳小説部門受賞として日本でも人気がある。その類書がまた邦訳された。とはいえ、実は2000年に別タイトルで訳されており、その絶版を受けて今回新たな書としてよみがえったことになる。
 原題とはまた違う邦題が付けられているのも面白いが、面白いのは何よりその内容である。
 動物しか出てこない。今回はリスを主役にしているが、これも邦題による設定であり、誰が主人公でもおかしくはない。私はそうとうにゾウが面白いと思ったのだが、いや、アリにしようか、やはりハリネズミも魅力があるぞ、などと勝手に楽しませてもらっている。
 名前が動物名であり、それぞれ種によりひとりしか登場しない。ゾウとリスが対等に話している様子は、大きさを考えると奇妙だが、どうやら大きさも度外視してストーリーが展開している様子でもある。
 そして、シュールとでも言おうか、理解に苦しむ場面もしばしばある。まるでナンセンスギャグを並べているかのような、短編の集まりとなつているのだ。コオロギの体がばらばらになったりくっついたり、ゾウが暑さで溶けてまた戻ったり、とても絵にできない物語もある。リスとアリとのうまく噛み合わない手紙が、そこそこ噛み合っているというのも不思議な世界だ。
 前後の脈絡のないショート・ストーリーが51並んでいる。なんでも、奇数でなければならないと作者が決めているのだとか。ひとつ平均3頁以下であるし、ところどころイラストの頁もあるし、どこからどのように読んでもよく、たいへん読みやすい構成になっている。このイラストは、あまりにシュールな場面にはさすがに使えないで、それとなくキャラクターのイメージを決定させるのに役立っているし、のほほんとした雰囲気を伝えるのにもよい。
 動物たちは、交わっているのだろうか。互いの意思の疎通はそれほどできている様子もない。相手が何を考えているのかよく分からないふうでもあるし、自分で勝手に想像してそれを決めてしまうようなところもある。そこがまたおかしさとなるのであろうが、追究すると、そうとうに孤独な私たちの姿をそこに描いているようにも思える。
 もちろん、あからさまに揶揄するようなことはないし、皮肉をこめているとも思えない。単純に、子どもに話して聞かせてわくわくするようなおはなしとして終わってもよいのだ。おとなにとっても、どこか癒しを与えるようなひとときを醸し出すものだと言えるだろう。味わい方は、文学であるから、このように受け止めねばならない、ということはない。だから、誰でも手に取って、このワールドに足を踏み入れてみたら、それでいいと思う。私は何のガイドもここでもたらしてはいない。せいぜい、この世界をあなたが覗いてみたら、どんなふうだろうか、楽しみだ、という程度のところであろうか。
 実際私も、思わず「くくくくく」と声を出して笑ってしまったところもあるし、「大丈夫だろうか」と心配したくなる時もあった。様々な感情を呼び起こす力がそこにあることは確かだ。多分に、文学というものは、それでよいのではないかという気がする。特に、誰でも気軽に読めて、それぞれがそれぞれの思いを生み出させてもらえるという意味では、これ以上ない文学コウかがるのかもしれない。
 それで、読み終わった後、私もすっかりきげんがよくなってしまった。




Takapan
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