本

『なんか気分が晴れる言葉をください』

ホンとの本

『なんか気分が晴れる言葉をください』
塩谷直也
保育社
\1200+
2013.4.

 表紙がなんだか明るくて、ちょっと軽すぎるのかしらと誤解してしまう。著者は、青山学院大学宗教主任。牧師経験も豊かである。私はこの人の短い文章に触れて、そのスピリットに感銘を受けた。そしてその著作を開いてみたが、どれも期待を裏切ることがなかった。この人の視点・観点は通り一遍のものではない。ユニークであり、核心を突いている。
 本書は、「聖書が教えてくれる50の生きる知恵(リアリズム)」というサブタイトルをもっている。しかし、決して聖書の言葉だけではない。著者の感性が豊かに溢れていて見事だと私は見ている。構成はQ&A形式で、見開きの中に解決がなされている。すべては詩のようであり、短くぽろっと言葉を並べる。お説教臭くなく、短い指摘でずばりと一撃を食らわすような鋭さがある。このQのほうは、学生が寄せる悩みや疑問なのだそうだ。実際のそういう声を、人物が特定しないように、しかし一般的で誰もが思い当たるために関心を寄せそうなふうにアレンジしてそこに置き、回答をするという形式である。
 横書きで、左の頁の上に一行でその悩みが掲げられる。たとえば「人生、お金ではない!」と言われましたが……、という質問。そのすぐ下に、聖書の言葉が置かれ、一部色がつけてある。ここでは「貧乏な者は友にさえ嫌われるが/【金持ちを愛する】者は多い。」(箴言14章20説)が置かれている。左の頁はこれで終わり。右の頁には、Aがある。そのすべてを引用はしないが、まず一言で答えるならどういうことかを示す、タイトルのように少し大きなポイントで置かれたAだけを示すと、「その方はお金で苦労したことがない人でしょう」とある。人生はお金ではない、と言う人のトリックがいきなりばらされます。そう、学歴がすべてではない、と発言するお偉い人こそ、その学歴の恩恵を被って楽をしている人そのものなのである。そう、キリスト教の凡なるアドバイスは、お金ではなく愛です、などと書いてありそうなものなのだ。神と富とに仕えることはできない、という聖書の言葉を引いてくる様子も目に浮かぶ。しかし本書はそうではない。原発を設置したのも、金で人の心を買ったのだ、と鋭く指摘する。それは福島の人を揶揄しているのではない。金の力を侮ってはいけない、という警告だ。こうして、まるで回答は人生は金だ、のように誤解されかねない構造を成しているわけだが、心ある人はそうでないことが分かるだろう。人生にとり金が最上のものではないが、それは恐ろしい力をもっているということだ。そして、金で苦労した上でもう一度この問題を考えるとよろしい、というような大人の忠告のようにも見えてくる。
 見えるものしか信じられません、というQに対しては、それじゃデジカメと一緒だ、とズバリ答え、その質問者の気持ちも理解できると言いつつ、見えるものだけを信じていると騙され傷つく人が多いということも指摘している。人生の先輩として、いいアドバイスだと私は思う。
 また、絆っていいものか、という問いには、私もいつも答えることだが、この「絆」という言葉の意味、またここにはそれを「ほだし」と読んだ場合の意味もきっちり示して、それが本来自由を奪うものであることを叩きつける。絆という言葉でしっかり結び合おうというようなムードが世間にあるかもしれないが、本音は縛り付けるものだという点を鋭く指摘している。むしろ自由を求めてそれを断ち切ることを勧めている。なんと(言葉の本来の意味で)ラディカルな答えなのだろう。というか、私も同じように答えるはずだということで、ここは読んでいてうれしく思った。
 宗教が戦争をするから宗教がなくなったほうが平和になるのではないかという問いに対しては、短い答えで、ほかにはあまり類を見ないように簡潔に、適切な回答をしているように私は感じた。その答えの半分近くは聖書の言葉を掲げただけだった。政治家たちは戦争を正当化する「神話」を必要としているのだ。だから「宗教」に注意することも必要ではあるが、それ以上に「宗教を利用しようとする人々」に注意すべきだというように締め括っている。
 選ばれた質問は、現代の若者の迷いや苦悩を、よく表している。親が憎くて仕方がないという声もあれば、受験に失敗した自分を馬鹿だと思うというような深刻なものもあり(もっと深刻なものもある)、若い世代の見ている風景を垣間見るような思いがした。学生からの実際の声を集めているからだ。こうして並べることで、大いに刺激を受ける。こうした声に、私たち大人は、応えようとしているだろうか。いや、そもそもこのような悩みに気づいているか、気づこうとしているか、そこが問題だ。
 青学の「キリスト教概論・Q&A」は、なかなかの代物である。いや、若い人を教会に呼びたいのであるならば、本書を熟読すべし、と言いたい。




Takapan
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