本

『雪の結晶』

ホンとの本

『雪の結晶』
ケン・リブレクト
矢野真千子訳
河出書房新社
\1575
2008.11

 美しい。
 それ以上の言葉は、もういらないようだ。この本には、著者が苦心して撮影した雪の結晶の写真が、それはそれはたくさん集められている。これに魅了されない人は、虹を見ても感動しない人くらいのものだろう。ただの雪の結晶の写真じゃないか、と言われればそれまでなのだが、ほかに何の飾りもいらない、そんな有無を言わせぬ美がそこには満ちている。
 物理学の教授である。著者は、そこで結晶の成長という課題にも取り組んでいる。雪の結晶はどうやって成長していくのか、そこに研究の焦点を当てたのであろうが、なにぶん相手は美しすぎた。
 雪の結晶は、同じものがまたとないと言われる。これだけ無数とも言える雪が降っていながら、すべてが違う、というのもロマンチックな思いを呼ぶものだろう。ひとりひとりが違う人間たちのようでもある。
 しかし、規則のようなものがないかというと、そんなことはない。著者は、各地で結晶のコレクションをしたことにより、その規則を見出しているようである。結晶は、大気の状態や気温、雲の状態その他自然気象のあらゆる条件を受けて、結晶の姿を変えてくるのだという。それは、六角形を基調としたものである。どうしても、60度の角度で成長していく。それも、温度の意味は大きい。
 美しい写真に夢うつつになるのもいいが、この本は、初心者にも分かるように、この雪の結晶が写真のようになるわけは、語ってくれる。この説明がピンポイントでありながら、実に普遍的な内容となっており、分かりやすく気持ちよく書かれてあることに驚く。
 元来、私たちの世代から上では、「雪」といえば、中谷宇吉郎博士を思い起こすはずである。名著『雪』なる岩波新書は、旧赤版として有名であった。それは画期的な研究成果であり、一般の人に科学を広める働きを果たしたと言えよう。欧米の研究者たちも、中谷博士には敬意を払うようである。
 しかし、どういうときにこういう結晶になり、どういうときにああした結晶になる、という説明は、なかなかできなかった。観測の問題もあるが、とにかく雪は自然の中で神秘的過ぎた。
 この本は、写真も美しいが、こうした背景的知識をもたらしてくれる点でも、難解であり、読むのに苦労すると言えるだろう。写真に厭きた人は、もうこの文章を読むだけで、ずいぶん見える世界が違ってくるだろうと思う。
 その詳しい理由などについては、まだまだ分からないことがあるのだが、結晶とはいえ、かなり面白い形や性質をもったものがある。そこに説明できる限りの理由を用意しておく。やがて、蓋然的に、あるいは全体とのバランス故に、有力な説が現れてくる。しかし、自然が用意したこうした美は、簡単に人間が説明してしまうことを拒絶する。その点でも、成長していきたいものである。
 すぐれた図解も多々ある。説明も分かりやすい。科学とはこうありたい、と思わせるような部分もあった。美しい本であるから、きっと「なんだろう」と、首を突っ込みたくなる読者がいるだけで、書き手は、いくらでも、言葉を繰り返し、あるいは新しい説明法を考案することができる。逆に読み手のほうは、情報をどう管理し、役立てていくかということを、学ぶ必要があるだろう。
 ともかく、理屈抜きで、ただ写真を眺めているだけで、うっとりする本には違いない。




Takapan
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