『蹴りたい背中』
綿矢りさ
河出書房新社
\1000+
2003.8.
手許にあるのは、2004年3月発行のもの。初版から実質半年後であるが、143刷である。
この驚異の発行には理由がある。2004年1月に、本作品が芥川賞を受賞したからである。しかも、このとき史上最年少の19歳11か月であった。その後20年以上、これはいまだにレコードである。
早稲田大学在学中であった。しかも、ルックスも好感がもてるタイプであったことで、男性の目を惹いたというのも事実であろう。文学になど興味がない人も購入したことだろう。ミリオンセラーとなっている。
すでに『インストール』が、17歳のときに文藝賞に輝いており、文学畑の人には注目されていた。だが、芥川賞のネームバリューは凄い。社会現象になった。
本の体裁そのものは、『インストール』と酷似している。分量もさほど違いはない。高校生の女子からの視点で世界を見ているという構図も同じである。『インストール』では、知り合った小学生のマセた男子と、秘密のコンピュータでの商売をするという舞台だったが、今回は、にな川という高校生男子と、芸能人への関係という場で関わり合うことになる。
にな川は、女性ファッション誌を見ていた。私ハツこと長谷川初実がふと覗くと、写真のモデルに見覚えがあった。「この人に会ったことがある」と何気なく呟いた一言が、世界を変えた。
にな川は、そのモデルの「オリチャン」のファンだったのだ。「会った?」にな川の心に釘が刺さる。個人的にハツに会いたいというが、ハツは、なんとなく不潔というか、変な感じのするにな川を訝しく睨みながらも応じると、そのハツに会ったというのはどこだと訊かれる。もうこれはただのファンではなかった。完全に「オタク」である。
にな川からは、「オリチャン」と生で会ったハツは、まるで神と交信した人物である。自分の部屋にハツを呼んで詳しく訊いたときのことだが、ハツは奇妙なボックスを部屋の中で見つける。衣裳ケースのようであった。それは、にな川が愛する、「オリチャン」についてのグッズを集めた宝箱だった。
ハツからすれば、にな川のその趣味は、軽蔑するほどのものだったし、気味悪いものだった。ハツの目の前に、「オリチャン」に夢中になっているにな川の背中があった。
そのうち、にな川が学校を四日も休む。何かあったのかとハツが気にして訪ねると、ただの風邪だった。しかしその理由が、「オリチャン」のライブチケットを購入するためであった。しかもそのチケットを何枚も買っている。ハツは誘われるが、ハツの友だちの絹代と一緒なら、と受け容れる。絹代は、ハツがにな川のことを好きだと勘違いしているが、奇妙なライブ行きとなった。
お喋りが過ぎた。事の顛末についてはもちろん明かさない。これから読む人のお楽しみにすればいいと思う。
全編にわたり、ハツがにな川らついて冷静に観察している様子が伝わってくる。もちろんそこには好意などない。ないけれども、毛嫌いしているのでもない。殆どヘンタイかよ、と思う嫌悪感はあるものの、いろいろ頼られていることそのものは、悪い気はしないでいるようでもある。
恋愛気分ではない。だが拒否反応でもない。無関心を装うというのでもない。ただ何か関わりをもってしまうのだ。この非常に不安定な関係が、本書の人間関係のすべてであって、そういう空気を描いている、というのが何かしら魅力であるのかもしれない。ありきたりの図式で理解できる関係というわけではないのだ。
綿矢りさの作品は、私にとっては非常に肌になじむ。多くの文学作品では、何かよく分からないところが多々あるものだ。だが、不思議と、全部のシーンが、分かりやすい映画を観ているようだ。あるいは、まとわりついてくるラップのように、くっついてくる感じだ。それは、高校生あるいは大学生が書いた作品だからだ、というふうに見えるかもしれないが、実のところ、そこから20年以上経ってからの作品でも、その感覚は同じものがある。肌が合うのかもしれない。
そこで、また気を好くして、さらに読んでゆこうかと計画している。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド