『憲政の本義、その有終の美』
吉野作造
山田博雄訳
光文社古典新訳文庫
\1080+
2019.11.
1916年の著作は、もう訳さなければ通じなくなってしまった。しかし私とて、こうして現代語に直してもらうと、確かに読みやすい。元のが読めないわけではないが、こちらの方がスムーズに読めるのは確かだ。ありがたい配慮だ。
それはともかく、本書の題が気になる。私も知らなかったが、原題に沿っている。『憲政の本義を説いて、其有終の美を済すの途を論ず』というのだった。それを短く、現代でも近寄りやすく改変したのだという。また、段落も原文よりは頻繁につくり、読みやすさを心がけて訳し出されている。また、言葉についての注釈が、その見開き頁にすかさず載せられているのもいい。単に言葉の意味のみならず、時代背景や関連事項など、コメンタリーとしての質も高い。どうせ訳すなら、こうした注釈は本当に大切だと思う。
さて、ここまで形式的なことばかり述べてきたが、そもそも吉野作造という名前を聞いて、誰だ、という人は多くないだろう。中学生からもちゃんと覚えさせられる。吉野作造+民本主義、これだけでいい。覚えていればよいのだ。
その点、私も大差なかった。著作を直接読んだことがない。それが、今回現代語訳だとはいえ、直に触れたのはよかった。吉野作造は、高校生のときにミッションスクールで聖書を知り、信じて洗礼も受けている。そこまでくらいは聞いたことがあったが、やはり機会があれば本を見てみたいと潜在的に思っていたのだと思う。
デモクラシーの訳語として、吉野が「民本主義」を採用したことについてくらい、社会科を教えていれば誰でもできるだろう。吉野は、決して「民主主義」という言葉を使わなかった。
一口に言えば、これは当時明治憲法下にあって、天皇が主権であったことから、民を主権だと言ってしまうことができなかったからである。主権が人民にある、とは決して言えない。ただ、「人民の幸福・利益および彼らの望みや考えを重んじることを方針とするべきだ」と主権者が考える道を求めることになる。
だが、そのような言い方でさえも、天皇の赤子としての国民という教育がなされてきた以上、妙な誤解も飛び交う。吉野は、それを防ぐための弁論も本書の中で展開する。
すでに、大日本帝国憲法は成立している。江戸時代末になしくずしに結んだ不平等条約を改廃するために、欧米の政治制度を学ぶ必要があったし、憲法というものをつくり、それに沿った国家運営をしなければならなかった。だがそれは、条約のための方便であってはならない。吉野は、「立憲」をも理解し、その筋で政治をなさねばならないことを、急務だと言う。そのためにも、民選議員制度が必要だ、というように、政治制度の専門的なところにまで立ち入った議論が終始展開する。
ただ、注釈で著者が言うのみならず、巻末で編集部までもが、この初めの方で、メキシコやスペイン、また混血の人に対する、露骨な差別が延々と続く文章があることに、注意を喚起している。本書の歴史上の意義からして、無闇に削ることはしないが、これは現代では許されない差別的発言であること。ただ、当時の言論の中でこうした見解が述べられることはよくあることで、吉野がことさらに侮蔑していたわけではないこと。また、編集部からは、これで差別を助長する意図はないことなどを、丁寧に断っている。
また、その意味では編集部が乗り出すことはなかったが、かなり酷い表現もあった。本書では人民の知恵や教育の必要性を説いており、そこだけ見るとまだよいのだが、「浮浪者」という呼び方で、幾度も、政治に参加させてはならない、というような言い方で一蹴することがあった。人権意識がそういうものであった、としてしまえばそれまでだが、この「浮浪者」が意味するところは、現代社会では別の呼び名の人々と重なる部分がある。聞き捨てならない主張であると言えよう。
だが、こうした時代的な制約の表現に一度目を瞑るならば、これがまたなかなか激しい、良い議論が展開されている。確かに歴史の中の名著の一つである。特に、自分の言いたいことの反論を予想して、それを細かく検討するなど、様々な弁明の可能性を考えていることは、呼んでいて心に残るものだった。
直接全員で議論ができるのは理想的かもしれないが、小さなムラのような地域でなければ不可能であろう。吉野は、こうした、いまなら中学生でもレポートするかもしれないような内容も、きちんと論じている。基本的な事柄をいい加減にせず論ずるというためにも、私たちはまだここから学ぶことがあるだろうと思った。
それから、最後にだが、世間で時折言われることについて、ここにきっちりした説明が繰り返しなされている点を、強調しておかなくてはならない。それは、率直に言うと、憲法という者は、政治が暴走しないために定められたものだ、という理解である。誰が言ったか知らないが、そうだよね、とよくSNSで見かけるのだが、そこに吉野作造の名を見ることがない。だが、ここぞというときだが、幾度かその発言が本書に見られるのである。「立憲政治」とは何か。それは、「政治が従わなければならない規則」である。これが吉野が頑として退けない、憲政についての根本の考えである。
これは、いまの政治家が議論の根本に置いてほしい原則である。
なお、「訳者あとがき」で見て驚いたのであるが、吉野作造は、口述筆記で、この本の内容を5日間で完成させたのだという。だからまた、一気に流れるように最後まで走っていた論調だったのだ、と理解できたような気がするが、それにしても、すごい集聴力である。訳者は、そのためにもっと気軽に目を通してほしい、と願っている。それがまた、古典に近づく大きな原則である、というように、この古典新訳文庫シリーズを踏まえた言い方がなされていた。でも、確かにその通りだ。また、次の対象を探したい。が、まずはいましばらく、吉野作造の語ることを反芻しておきたいと思う。

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