本

『こども「シェイクスピア」』

ホンとの本

『こども「シェイクスピア」』
齋藤孝
筑摩書房
\1500+
2017.4.

 テレビでもおなじみで親しみやすい教育方面の先生である著者は、著書も多い。こどもに効果的に言葉によって教育効果のある方法をいろいろ考えていることと思う。NHK「にほんごであそぼ」の画期的なやり方に私はかつて驚いた。あのころから、Eテレは大きく変わってきたように思う。
 古典の名文を、意味が分かろうがどうしようが子どもたちに暗誦させるということを思い切って勧めた著者は、その後聖書の文章にも注目していた。聖書は、時の日本語の変化に応じて、敏感に変化してきた歴史がある。そこに目をつけたというのは、尤もなことであった。それが今回は、シェイクスピアである。西洋文学の古典あるいは、英語の成立そのものとも言われるシェイクスピアだが、たとえば聖書はもう精神的に空気のように浸透しており、学問的な角度からはギリシア文明が前提のようにそこにある西欧文化があるとすると、シェイクスピアは、いくらか教養のステイタスとなりはしないだろうか。英語の古典といえばこれであろうが、それが戯曲である以上、演劇という形で活かされるわけで、現在もなおそれが舞台の演目となり人気を博すというのであるから、古典と雖もただものではない。
 これがこどもの心にどのように響くのだろうか。あるいは、暗誦するというのだろうか。ここに、シェイクスピアの11の戯曲を取り出し、そこから幾つかの印象的な、そしてまた有名なことばを大きく掲げることがなされた。しかも、導入あり説明ありと、幾層にも及んだ紹介によって、こどもの心にも無理なくその世界が伝わるように配慮してある。名文については1頁ひとつであってもよいという感じででっかく置いている。これも効果的だ。そして筋の解説や見所については、学校の教科書程度の詰まり方でスピーディに説明されている。頁の最後で鳥のキャラクターが、身近なツイートのようなノリで口を挟むのも可愛い。また、私たちの等身大の風景において、その場面のようなことがないかどうか探していくというのは、こどもたちのみならず、大人にとっても有意義なひとこまである。
 私もかつていくつかは読んだ。もちろん日本語だが、福田恆存氏の訳は美しいか美しすぎて格調の違いを見せつけられるような思いさえした。しかし、ずっと離れていると、登場人物名はよく耳にするとしても、それがどの作品の人物であったかが分からなくなる。また、ストーリー自体も、演劇に携わってでもいなければ、心に残っていない。今回本書で、ざっくりそれが再び見ることができたのは大きかった。その効果を狙って図書館で手を伸ばしたのであったが、こども向けであるために大人には苦もなく読めて、しかもずしんと心に残る。だからこども向けの本を読むのはやめられない。これは強くどなたにもお勧めする。
 シェイクスピアを使ってこどもに授業をするということは、実践してきたものらしい。著者のこの経験は、実際の場面でこどもたちがどう反応するか、何に疑問をもつかなどをよく知ったものと窺え、そういう点を踏まえて本が作られているだけに、細かく配慮が行きとどいていると感心する。最後には演劇論まで簡潔に主張してあって、大人としてはニヤリとした。
 代表的な名文には英語も掲げてあるから、中学生ならばその辺りを味わうというのもよいと思う。もちろん、本文のほうも中学生にはきっと呑み込みやすく、豊かな教養が読むだけで身についていくのではないかと思われる。できれば、シェイクスピア作品に直に触れるとよいし、きっと著者もそれを願っていることだろう。ひとを理解するのに、ひとの様々な面をぐさりと突き暴くこの古典に、また触れたくなってきた。




Takapan
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