本

『風をとおすレッスン』

ホンとの本

『風をとおすレッスン』
田中真知
創元社
\1400+
2023.8.

 創元社が若者向けに、「あいだで考える」をテーマに刊行し始めたシリーズの第四弾。図書館に入るので、私は見かけたら手に取るようにしている。文庫本よりやや大きいが、変則的な版で、持ち歩きにもよいし、文庫本より紙質がいい。その分値が張るが、内容はいい。
 堅くならずに、リラックスした形で語りかけるようになっており、注釈なども特になく、スムーズに読める。若者は決して読書から皆離れているわけではないが、堅い本が苦手な人にも読んでほしいと思う企画である。
 今回の著者は、田中真知氏。作家であり大学講師でもあるが、エジプトに8年滞在するとか、中東やアフリカを旅して現地の人々とのコミュニケーションを図るとか、ユニークな体験をその作家活動に活かしていると言える。実際の人との関わりには、やはり説得力がある。だからこそ見出せるものもあるだろうし、私はこうした人の話を聞くのは好きである。
 テーマは「風をとおす」ことだそうだ。この場合の「あいだ」とは、「人と人とのあいだ」であるという。
 自由は尊い。自由を大切にする。だがそれは、他人との関係を切ることではない。かといって、他人を支配しようとしたり、他人から支配を受けたりすることでもない。つながりを保持しつつ、互いに自由でありたいと願う関係である。
 こうしたひとつの結論を、様々な角度から検討してゆく。
 若者ならずとも、人間関係や自分らしさという問題は、悩みの種になることだろう。ただ大人は、それをごまかす術をどこからか得ている。ハイデッガー的に言うならば「ひと」となって生活してゆける。しかし、若者はまだ一途な理屈を大切にすることがある。それで、思い悩む場合が多いのは確かだろう。
 著者の世界は、独特である。いきなり「あひる」や「かっぱ」が登場する。そして共に旅をするのだという。世界を歩いているため、悪魔祓いや架空の女性を想定して生活する男たちの物語など、いくらでも不思議な話を拾ってくることができる。ドイツの収容所で、フランス兵たちが、そこに高貴な女性がいる、といういわば空想設定をすることで、立派な生活をしていた、という小説である。
 馬鹿馬鹿しい、とは言っていられない。砂漠の中で暮らす修道士の孤独な生活のために、いわば「神」という他者を考えていることで、精神が支えられている面があるとすれば、その小説と同じようなことではないか、と指摘するのである。
 そして、「その存在にふさわしくありたい、その存在を喜ばせたいと思わせてくれる他者を必要とする。そういう他者を、心の中に想像し、抱いていることで、ひとは第二の絶望のくびきから自由になるきっかけを見いだすことができるかもしれない。」というまとめは、他者論を抽象的に語るより、よほど説得力があるというものだ。
 時折無性に見たいと思うのだけれども、私はいまだに視聴していないのであるが、『ベルリン・天使の詩』という映画がある。本書ではその天使も取り上げる。人びとの内心のつぶやきを聴くことができるという設定である。この設定は、他人の心が分からないという現実の意味を考えさせてくれる。あるいはまた、君の言いたいことは分かっている、という片付け方が、どんな心に関係しているのか、を考えることになるのだ。分かるはずがないじゃないか。それもひとつ。それはまた、分かってほしい、という思いを証拠立てているのかもしれない。
 ほかにも、議論と対話の違いや、「間」の意味など、あまり問題視しないけれども、捉えて考えてみると非常に面白いテーマを次々と繰り出して、この時代とこの環境に生まれ落ちた自分というものが、自分を形成していることに気づくように導くなど、他者というものについて考える機会をあちこちに撒いているところが楽しい。
 そうしてまた、カメやイヌやダチョウなどを持ち出して、著者は読者を揺さぶりにかける。確かに、思い切り立場を崩しにかかると、読者は根拠を考えようと焦り始める。それが、議論の楔を打ち込む機会となる。この発想は、有り難く戴こうかと思う。
 その場面で、旧約聖書のコヘレトの言葉が引用されたのも、私には印象的だった。「日の下に新しきものなし」という内容である。同じようなことの繰り返しの中に、実は新しいものはいくらでもあるのだ、と教えようとしている。それが新しいものとして見られなくなったら、コヘレトの書のように、空しくなるに違いない。そう、目の前のその相手も、自分の知る過去のものと同じではないのだ。「過去のイメージにとらわれずに接してみるとよい」というのは本当だと思う。
 武者小路実篤の物語に登場する「馬鹿一」も心に残った。ドストエフスキーの『白痴』に登場するムイシュキンともまた違うが、非常に「幸せ」な人物である。これが、スターシステムではないが、あちこちに登場するのだという。私の中にも、きっといる。
 最後に、物語の意義を考えている。人はひとりではないこと、死者との関係も、ある意味で終わらないこと、そうしたところへ、読者を連れて行くのだが、論理立てて意気込むのではなく、小さなエッセイの積み重ねの中で、いろいろな問いを若い読者に向けて投げかけている仕組みであろうと思われる。
 本書に登場した事柄に関する本や作品の一覧が、紹介と共に巻末に載せられている。これが親切だ。探してみたくなる。また、探しやすくなる。
 ということで、いつもながら私の感想である。若者だけの本にしておくのは、絶対にもったいない。大人こそ、読まねばならない本のひとつであるはずだ。




Takapan
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