『かわいそうだね?』
綿矢りさ
文藝春秋
\1300+
2011.10.
いやーな奴の心情を描かせたら、この人はピカイチだ。ただ、いやーな奴の思いにも、何かしら筋が通っている。それどころか、読者の側も、そのいやーな奴と同じ側にいるように感じられてくる。
本書には、同時期に書かれた二つの中編が集められている。まずはタイトルの「かわいそうだね?」である。綿矢りさの作品のタイトルは、なんのことかと興味を誘う言葉が付けられることが多く、他の作家がその言葉を本の題にはしないだろう、と思われるようなものばかりである。そして、それが何か象徴的な言葉として掲げられているのではなく、必ず本編のどこかで、その言葉が出てくる。たいていは台詞の中である。ああ、その場面を描きたかったのか、と思わせることも多いが、必ずしもクライマックスというわけではない。但し、物語全体を貫くテーマめいたものである、と読後感をもつことになりそうだ。
この「かわいそうだね?」には、「?」が付いている。これも絶妙である。
物語は、アパレル関係の店員の女性・樹理恵の視点で綴られてゆく。これもいつものスタイルだ。恋人である髑蛯ェ、家に元カノのアキヨを住まわせることになったところから、話はスタートする。奇想天外な設定だ。樹理恵が認めるはずがない。髑蛯ヘ髑蛯ナ、やたら弁解することがなく、事情があって住むところがなくなったアキヨをただ生活させているだけだ、と説明する。ある意味で、妙に弁解しない男らしい態度だとも言える。が、そんなことが通用するわけがない。樹理恵がいくら恋人を信じたいと思っても、元カノと二人で同居するなど、どうかしている。普通なら、男としても、そんな誤解をさせるようなことをするはずがない。
しかし、髑蛯ヘ、仕事を探しつつも何十社も蹴られているアキヨのことを、「かわいそうだ」という一心で、仕事が見つかるまで面倒をみるのだ、などという。樹理恵としては、信じつつも妄想も湧く。しかも髑蛯ヘ、自分のその部屋には来ないでほしいの一点張り。
ついに意を決して樹理恵はそのアパートに行く。友達と遊ぶという髑蛯フ言葉はどうせ嘘だと乗り込むが、本当に遊びに行っていて、そこにはアキヨ一人しかいなかった。攻撃したい樹理恵だが、とにかく事情を本人の口から確かめる。後は、言動の隅々から、恋人との関係がどうであるかをなんとか見抜こうとアンテナを立てまくっている。
すると、樹理恵も、髑蛯ェ話す通り、アキヨとは何の関係もなく、髑蛯フ言うとおりの様子であるように思えてきた。樹理恵自身も、「かわいそうだね」という方に傾いてゆくのだった。
だがその後、髑蛯フスマホを盗み見する機会をつくり、調べてみたら、アキヨからの甘えた文面が見つかり、樹理恵はその後、キレることになる。
話の冒頭で、樹理恵が、阪神淡路大震災のときの記憶を辿る場面がある。直接の被災者と言える立場ではなかったものの、地震が怖いのだという。そしてこれから地震が起こったら、自分とアキヨとどちらを選ぶのだろう、という言葉が脳裏に浮かび、妙な妄想が始まるのだった。この地震というモチーフは、その後回収されることはなかった(しかしある意味で本人が地震を起こしたという理解もあり得る)のだが、もちろん阪神淡路大震災は、綿矢りさ自身知っている体験に関係していると言えよう。そして京都であれば、被災者という立場でないことも、似ている。だいたい自分と同年代の女性の語りで物語が展開するようにいつもつくられているから、そこには等身大の作者がいる。それはよいのだが、問題は、この小説が2011年2月から連載が始まっていることである。連載中に、東日本大震災が発生していたのだ。
二つ目の小説は、「亜美ちゃんは美人」という。「さかきちゃんは美人。でも亜美ちゃんはもっと美人」という始まり方が、また絶妙である。この始まりの言葉が巧い作家の一人であると思う。
物語は、さかきちゃんの語りで終始する。とはいえ、その視点であるはずの本人があるのに、多くは「さかきちゃん」という表現で物語が進むのが不思議だ。しかもなんの不自然さも感じさせない。これはかなりのテクニックではないか、と私は感じる。
二人は、高校の入学式で知り合った。亜美ちゃんはどの男子の目をも惹く、文句なしのマドンナ。友だちになったさかきちゃんも、並以上の美人なのだろうが、いつも引き立て役に回ってばかりである。大学は別々になるが、サークル活動を共にすることで、ずっとつがり続けている。親友と呼べるような関係であり、亜美ちゃんは他に女友達はいないようだった。山岳同好会に入り、またよその大学から、「亜美研究会」なるサークルまで形成される始末。高校のときに、カッコいい大学生の彼氏がいたにしても、その後に別れてしまう。言いよられることもしばしばだが、亜美ちゃんは適当に付き合いつつ、その関係は長持ちしないことが繰り返される。
他方さかきちゃんは、山岳同好会の一人に告白されて、受け容れる。亜美ちゃんじゃないんですか、の質問にも、その人はちゃんと答えてくれた。そして物語の終わりがけでは、社会人となってから、その人と結婚を控えるさかきちゃんも描かれる。
問題は、この亜美ちゃんだ。あまり説明しすぎると、これから読む人の邪魔をしてしまいそうなのでこれ以上はあまり言いたくないのだが、実はさかきちゃんの中の深層心理が次第に気づかされてゆく辺り、とても描き方が巧いのである。美人の友だちをもつ女の人は、たとえばどんな心理を奥底にもっているのか。その一例を感じさせてくれる、恰好の物語であった。
亜美ちゃんは、実はとんでもない男にベタ惚れになってしまう。誰が見ても、そんなのやめさせるべきだとするし、さかきちゃんが相談する人も皆同意見だった。読者も、間違いなくこいつはいやーな奴だとしか思えないはずだ。だが、さかきちゃんは思う。亜美ちゃんが選んだ相手なのだ。いや、絶対それでは不幸になるしかない、とさかきちゃんの理性は訴える。でも、自分にとって亜美ちゃんは何なのか……。
女性の心理は難しい。だが、描くのが巧い。男としては、驚きの物語があった。

た
か
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イ
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