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『天才棋士 加藤一二三 挑み続ける人生』

ホンとの本

『天才棋士 加藤一二三 挑み続ける人生』
加藤一二三
日本実業出版社
\1300+
2017.11.

 棋士・加藤一二三は2017年に引退した。級が下がった故である。それがなければ、さらに指し続けたことだろう。本書のタイトルは、その意気込みを伝える。これからも挑み続けるというのであるから。
 ひふみんというニックネームですっかり「かわいい」おじさんとして有名になってしまった。かつての勝負師時代を知る者としては、人とは変わるものだと驚きを隠せない。その中途に、信仰に入ったことがあるということは、テレビなどでもいつも話していることなのかもしれないが、私は近年まで知らなかった。信仰の内容というよりも、信仰が与える力について、本書でも随所に表れている。時に聖書を自由に引き、気楽に話しているような雰囲気である。
 全体的には、短いエッセイを並べたという印象があるが、随所に連続した思いがリレーしていくところもあり、読み物としてたいへん読みやすい。時折同じことも出てくるが、とくに気に障るようなものをもたらすこともない。きっと多くの方に、すっと読めていくのではないかと思う。
 ところが、ところどころに信仰の話が出て来る。名人位をとるあたりでの決定的な信仰の出会いはもちろん重要だが、ほかにも、生活の一部分であるかのように信仰世界の話や聖書に書いてあるといった記述が、あちこちに出てくる。ここにもしかすると、何のことだろうかとひっかかる人が出てくるかもしれない、とは思う。けれども、恐らくそんなことはあまりないだろうと予想する。それほどに自然なのだ。カトリックの信仰をもっていることについても、すっかり有名になっている。しかも、それをさりげなく、無邪気に語る。いかにも伝道したいのです、というような色気をまるで感じないのをすごいと思った。
 これはもしかすると、自分が、カトリックの信仰の一部になっているという意識であるのかもしれない。カトリック組織があまりにも見事に巨大に構築されているため、個人が教会を背負うといった気負いを感じる暇がない。これがプロテスタントだと、自分がこの教会を建て上げねばといった思いがのしかかるということもありうるのだが、その点、カトリックの強さというものを見るような思いがした。
 これは勝負師としての声を載せた本である。生い立ちを語るわけではない。挑み続ける姿勢が貫かれているので、何も呑気な世間話をしているわけではない。何かしら人生で勝負を思う人、闘いというものが控えている人にとって、良き人生論になるのではないだろうか。
 もちろん、ある程度将棋の知識がないと、その述べているところを十分理解できない部分があることも考えられる。が、概してそういうことはないような気がする。やや専門的な話が関わるときには、それなりの解説が特別に加えられていることもあり、よく考えられた親切な構成であることも感じた。
 話題な藤井聡太君の話も出て来るし、他の棋士とのエピソードも数多い。将棋ファンには、ある程度知られた話も多いだろうが、著者が直に接したその相手の人となりについては、知られない話もあるかもしれない。実力制名人となってからの、名人位をとった棋士と全員戦った経験があるのは、加藤一二三さん一人だというのにも驚く。この人のもつ記録やそれに匹敵する数字は終わりのほうにひとまとめになっており、ただただ驚くしかない。
 このように、いくらかでも将棋を知る人には興味は尽きないが、どうぞどなたでも、最新の優れた人生論として、開いてみては如何だろうか。ついでに、そんな力をもつ聖書とは何だろうか、と思ってそちらも開いてみてくださるならば、望外の喜びである。
 なお、加藤一二三さんは、私のいる福岡県出身であり、時折行くあたりの山間部が故郷である。福岡県民としても、少しばかり誇らしい気持ちがする。




Takapan
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