本

『古代・中世の香椎 上巻』

ホンとの本

『古代・中世の香椎 上巻』
森田隆明・宮川洋・長洋一・新原正典
櫂歌書房
\1680
2012.10.

 福岡のローカルな書房であり、私も初めて耳にした。何か事情があり、原稿はだいぶ前にできていたそうだが、やっと出版されたというらしく、関係者の苦労が偲ばれる。これはさしあたり「上巻」なのであるが、「下巻」はまだなのかもしれない。しかしこうしたマイナーな本ではあるのだが、ネットの各書店には在庫があるようで、注目されればそれなりに読まれるようになるかもしれない。
 私は個人的に、香椎という街を少し知っている。そこで、このたびこの歴史を開いて、初めて知ることも多く、感心している。香椎宮が日本史において非常に古い歴史をもち、小さからぬ役割を担っていたことは知っていた。
 古い神話にも関係する。香椎の背後に立花山という山がある。香椎に新宮と久山とで囲むようになっている。ここから海側を見ると、中国や朝鮮からの遣いの来る港が見えるようなものだったようだ。この山はかつて二神山とよばれ、イザナギとイザナミの二神に関わっているとされていたのだという。
 そんな基本的なことも、地元の人間はさして知らないで暮らしているのが普通なのだろう。せいぜい、昔の海岸線はずっと内陸部であったということくらいしか意識していないものなのかもしれない。もちろん、神社の関係者や古い歴史を愛好する人は、当然ご存じのことであって、その意味では無知なほうが恥ずかしいものなのであるが、そこに光を当てて教えてくれるという、ありそうでなかなかないこうした本が、市井に広められるのはよいことである。特別な公文書的な「香椎史」などという、図書館の隅にあったのかという程度の本では、なかなか人は知ることがないからだ。
 この本は、歴史を愛する方々の手により、多方面に調査され、また神社をはじめ多くの協力により適切な写真などの資料が提供されて完成している。高校の先生をされたような方が、実のところたいへん知識が多く詳しいということもあるものだ。ひとつひとつの項目について責任を負って執筆してくださり、短い読み物がたくさんあるような感じで、案外読みやすい。上巻では、室町時代に入ったあたりまでの香椎についての出来事や背景がよく書かれ、内容的にも新鮮である。
 万葉集に歌われたことも面白かった。志賀島のあたりの中学にその歌碑があるのだと初めて知った。また、「聖母」の信仰が生まれた背景も記されていて、関心を呼んだ。何もカトリックばかりではないのだ。応神天皇の母である神功皇后を祀るのであるが、これは「しょうも」と読むらしい。ここに、近畿の石清水八幡宮が絡んでいるとなると、歴史好きな方は思わず身を乗り出していきそうなところであろう。
 ひとつひとつは、どこか地味に見えることかもしれないが、何か知りたいとか、つながりを考えていきたいとか思ったとき、読者にとり、実に有用な資料となるのではないかと思われる。香椎や宇美など、福岡近辺には、ほんとうに古い日本の歴史についての重要な場所がたくさんある。その遺跡も十分調べ尽くされていない免がり、古代の日本、ひいては日本とは何かということを考えていく場合にも、まだまだこの土地の研究は始まったばかりでしかないようにも思えてくる。こうした、どこか素人っぽい研究が、実は大切なのだ。地元を知りたい人のみならず、日本国について考えたい場合にも、大いに参考になる本であろうと思われる。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります