本

『こうすれば犯罪は防げる』

ホンとの本

『こうすれば犯罪は防げる』
谷岡一郎
新潮選書
\1,100
2004.3

 環境犯罪学入門という副題。素人には難しく、専門家には易しすぎる、と著者は自分で嘆いていた。だが素人としても、読み方を工夫すればよいのだ。難しいところは読まない、として。
 公園に植木が巡らせてあって、いかにも整備されているような風景。しかし実はたいへん危ないということは、いつかどこかで聞いたことがあった。要するに周りからの視線を遮るということは、犯罪がその隠れた陰の中で行われやすいということだった。広く開放された視野をもち、いろんな人が見ているかもしれないという環境が、犯罪を抑制するというのである。さもありなんと思う。実際に見られているかどうかも問題だが、人から見えうるという環境では、犯罪を試みる勇気は、たしかに私はもたない。
 どうすれば犯罪が行われないか。少しでも、犯罪被害を受けにくいようにするにはどういう工夫をすればよいのか。我が家でも、二重鍵を付けるかどうか管理組合からアンケートがきたが、付けることにした。マンションの場合ね二重鍵の効果はあるらしい。ただ一戸建ての場合は、ほかの侵入口があることから、たいした抑止力はないそうだ。
 我が家が二重鍵を付けた理由は、鍵そのもののセキュリティの問題ももちろんあったが、実はこうだ。任意で二重鍵を付けるか付けないかの制度にすると、同じ階でも付ける家と付けない家が出てくる。そこへ私がピッキングの犯人であったとしよう。同じ階に、二重鍵になった家となっていない家があるとするるどちらを狙うか。たぶん文句なしに、なっていない家のほうだ。少しでも狙われにくいようにするためにも、二重鍵にしておいたほうがよいであろう、と考えたのである。
 著者によると、その考えは妥当だという。
 関心を引きやすいような言い方をすれば、一階より二階が狙われやすいとか、マンションの高いところは要注意だとか、いろいろな知恵が授けられる。だが、この本のエッセンスは、そうしたハウツーものにあるのではない。もっと根本から、犯罪を抑止する効果を自然に、あるいは環境を調えるという考えの中で、見いだしたいのだ。
 ふつうは、どうしてそんな犯罪を行ったのか、と私たちは犯人に問いたいであろう。だが、こうした犯罪観もあるだろう。誰も見ていなかったからやったのだ、そこに置いてあるから盗ってしまったのだ、などと。人が見ていたらしなかった。そこにぽいと置いてなければ盗るようなことはなかった。
 間違っても、置いていたほうが悪い、などと言いたいのではない。だが、置いていなけれぱ犯罪の芽を摘んだかもしれないのぱ事実なのである。
 逆転の発想がここへきて役立つ。著者は問う。ある場合に、どうして犯行に至らなかったのだろうか、と。何か盗りたいと思った。だができなかった。しなかった。それはなぜか。人通りが多かったゆえか。監視カメラ作動中というステッカーがあったからか。レジで強盗をすると通りの人から丸見えだったためか。
 著者は最後に、学生の制服の効果についての自らの論文を紹介する。日本の制服は、犯罪抑止に効果があるというのである。つまり、制服を着ている限り、どこか看板を背負っているようなもので、何かやらかすと、どこそこの生徒だ、という情報が寄せられて足がつきやすい。そのことが分かっているから、制服を着たまま大胆な犯行に及ぶということへのためらいが生まれ、やめとこうかということになる。
 困るのは、犯罪の統計をとるときに、やりました、というデータはうまくすれば集めることはできるのだが、「踏みとどまったのは何故ですか」という質問に対する答えのデータは、集めにくいということだ。しかし、どうして犯罪をしなかったのか、という問いに対するデータのうちには、大切なものが隠れている。その意見に共通点があるなら、そのような環境を作っておけば、幾らかでも犯罪件数が減るはずなのである。
 ミステリー全盛の時代にあって、犯罪というものに対しては、人々は並々ならぬ興味を抱いている。だが、それは自分だけは犯罪に遭わないという信念に基づいているだけけのことだ。人はいつどこでどんな犯罪に遭うか分からない。だが、少しでも遭いにくいようにしておくことはできる。それはどんなことなのか……
 実証しにくいテーマである、この本では、その調査の仕方まで細かく記されている。
 都市計画に、とまでいくのはすぐには難しかろうが、まず自分の家庭、自分の職場に関して、この本の法則を当てはめてみよう。注意してみよう。悪意をもった者が目をつけるようなことを、なくしてしまえばよいだけのことだ。
 犯罪は、たしかに行った者が悪い。だが、良いとか悪いとか言い放ってすべてが解決できるわけではない。被害に遭わないためにも、どういう油断を見せなければよいのか、など、いろいろ考えてみる機会にもなるだろう。
 セキュリティを考えるという風潮が実に口先だけになっている現状だが、ここでこのことをヒントにしよう。被害者とならないために、何に注意をすれぱよいのか。何にこだわっていく必要があるのか。大人は経験的にいくらか把握しているが、肝腎の子どもにとっては未知数。人を見たら泥棒と思え、と教えるにはたしかに忍びない気もするものである。




Takapan
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