本

『漢字の歴史』

ホンとの本

『漢字の歴史』
笹原宏之
筑摩プリマー新書219
\820+
2014.9.

 題名は地味だ。だが、高校生辺りにはこの方が訴える力があると思う。「おわりに」によると、「高校生や大学生にも気軽に読んでもらえるように努めました」とあるから、大学生でもこの程度なのか、と少しがっかりするのが本音である。大学生は、学問として掘り下げなくてはならない使命があると思うからだ。だが、これを入口にするというのならば、それはそれでいい。著者も続いて、「自分でも発展させて調べてみてほしいことを盛り込んでみました」と綴っている。「さらに一歩進んで」ほしい、ということだ。
 漢字に対する興味をもつ人は多い、と著者は言う。だからこそテレビでも漢字の知識が取り上げられることがあるのだろう。だが、漢字について研究しよう、という人は非常に少ない。もっと漢字が学問として追究されるようになってほしい、という願いがそこにはあるのではないかと思う。
 副題には「古くて新しい文字の話」と付せられており、確かに「文字」についての深くて広い視点が適切に押さえられているように感じる。つまり、最初の章は、「文字とは何だろう」というところから始まっているのだ。そして世界にある文字を眺め、そこに文化との強い関係を見出しておいて、それから次の章で、「漢字とはなんだろう」というふうに展開する。
 もちろん、甲骨文字がどうの、というお決まりの説明は、ただの教科書での記述である。本書は漢字学者の手によるものである。その教科書の背景にある細々とした事情を、さらりとではあるが、確実に押さえている。簡潔な記述に、多くの学者の努力がこもっていることが分かる。
 続く「六書」の説明は、小学生からも役立つような内容だと言える。しかし、教科書のレベルではなくて、これもか、それもか、と目を見張るような説明に多々出会う。私が授業で、形声文字は80%以上ある、ということも、本書で確かに裏付けられた。しかも、中国で生み出されたものについて90%近くになるのではないか、という推測もあった。
 当然のことだが、起源の説明もいろいろな説や理解があることや、よく考えてみれば不思議に思えるような字体の変化についても、興味深く語ってくれる。漢字に少しでも関心があれば、興味は尽きないものであろう。
 アジアの文字として、漢字は、私たちが普通思うより広い範囲で使われている、というようなことにも触れる。もちろん使う世代が限られていることも多いが、文化を捉えるには欠かせない考察である。同じ意味を各国の漢字で異なるように使われていることなども、見ていて面白い。
 漢字の読み方も、通り一遍の教科書の解説とは違い、細やかな背景事情も説かれている。万葉仮名についても、表面的な説明ではあるものの、ちょっと知っておくには十分な情報を提供してくれる。そうなると、ひらがなやカタカナの出自もつながってくるわけだ。
 部首の話がまた楽しい。そして画数の多い漢字のランキングもあるが、この中には、ウェブサイトやテレビ番組で興味本位に取り上げられているものの中に、嘘が少なからずあることが指摘されており、文献を熟知する著者ならではの注意喚起があった。インターネットは万全ではないし、むしろ警戒しなければならないのだ、と。漢字を通して、リテラシーを学ぶことにもなる。
 最後のところは、些か専門的になり、文字資料の紹介と、その見方などが書かれている。これは、さらに深いところに足を踏み入れる人のための、これまた入口となるのであろうと思われる。ああ面白かった、で済まされぬところに、ちゃんと通路を示しておくわけだ。心憎い準備である。
 この著者は、他方で、「方言漢字」というものについてもいくつか著書や事典を出版している。日本の各地で作られ、そこでしか通用しないような文字のことであるが、これが実にたくさんあることに驚かされる。福岡の身近なところで、当たり前のように使っていた漢字が、実はここにしかない、というようなことを知ると、「なおす」や「いぼる」がどこでも同じように通用すると素朴に考えていた自分が後に方言と知って驚いたことを思い出す。漢字そのものにも、それがあるのだ。
 本書には、その方面へ手を拡げた様子はない。むしろ、漢字についての研究へとつながるように、おおまかな知識を無駄なく提供しているのだと言える。大人にも、ぜひ一度触れてほしいと願う。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります