本

『現代思想vol.41-11 特集 看護のチカラ』

ホンとの本

『現代思想vol.41-11 特集 看護のチカラ』
青土社
\1238+
2013.8.

 本との出会いはいろいろな道がある。ホスピスに通い、病院や看護に改めて関心が向かっていたのは確かである。そこへ、私には新鮮な響きのある新刊本の存在を知った。看護と現象学だという。知らなかった。看護の現場で、現象学が用いられているということ。探してみると、懐かしい「現代思想」という雑誌の、少しだけ前の号に、その特集があるようだということが分かった。価格も安い。それで注文して読んだ、というわけである。
 名の知れた人、哲学やそれに近い関係の人も登場する。それは私にとり非常に興味深かったし、言っていることは分かったと思う。しかし看護の現場については、もちろん体験的に分かっているというわけにはゆかない。それでも、看護師の妻から聞くことを始め、実際の病院に関わるようなことがあると、また本などの資料ではあるが医療の現場についての声を漏れ聞いていると、決してよその世界という気はしない。中には、精神的な問題で入院している人の例があるが、こうなるとその内面的なものについて、これまで私が考えてきたようなことは大きく関係してくるので、内容的に遠い話という気はやはりずっとしなかった。
 もちろんプライバシーの問題があるので、医学的な議論をするにあたっても、このような時に実名や、本人が特定しやすいような状況説明はできない。精神的な問題の場合、それでは伝わりにくいことがないわけではないが、そこはうまく取りはからっている。一つひとつの論文がそれなりに長く、力のこもったものであるだけに、その研究のために労されたことの大きさがよく伝わってくる。この雑誌の特徴でもあるが、余分な遊びが殆どなく、全編がその特集に関して勢力を注いで私たちにぶつかってくるものだから、読み応えがあるという意味では十分であった。
 無闇に解明しようともがく必要はない。奥底の真理を私たちが安易に説明するということについては、一旦投げ出さなければならない。むしろ、現象として出てきていることを丁寧に記述すること、辿ること、そこから私たちがどういう思索と行動を営んでいくか、それを確かめていく。看護師へのインタビューから垣間見えるその人の意識と患者との関係はどうなのか。確かに、医療の現場では、とくに精神的なものが関わる場面では、一定の理論でばさっと切り落としてそれで解決できるというものではない。事態の解明が目的ではなく、その患者が立ち直ることである。患者自身が、たとえ言語化などしなくても、立ち止まっていたところから顔を上げて、人と交わることができるようになったり、自分の生き方を始める自信が現れたりすればよいのです。看護をするというあり方の中に、かつての哲学が無理やりこじ開けようとした次元を突きつけるような必要はないのである。
 それを、他者と知識財産として共有できるように、論文として提示するものについては、どこかかしこまった書き方がなされるものであるが、この現象学的な看護についてのいま勢いのある第一人者ともいえる人と精神病理の方面でかねてからリードしている人との対談が初めのほうにあって、そこで、ぽろりと互いの思いが漏れ出てくるような場面を見るとき、そこから何かを拾い出したいという気持ちになった。その中で「中動態」という捉え方が出ているのに私は反応した。ギリシア語にある中動態が私たちに失われているけれども、それは何かしら人間の文明の歴史の中で大きな役割を演じており、また私たちにはまだ隠された眼差しのようなものを開く鍵になっているかもしれない、と私も最近感じ始めていた。患者の心に迫るとき、このキーワードがひとつあるようだという対談の中の部分が心に止まったのである。
 また、メルロ・ポンティもこうした話には関わってくるが、彼の生涯が案外知られていないということも改めて知った。現象学そのものが、いまの哲学に影響を与えたのは確かだとしても、いまさらそれを究めようという気配は、学術現場には薄い。しかし、このように実はひとの命に関わる看護の現場において、現象学がいま活かされているということを知るのは有益であった。「使える」思想やその姿勢というものは、まだまだ拡充されていくであろうし、平和のために貢献できるのである。思想を流行り廃りで判断するのではなく、人を生かすために用いていくのは、産み出した天才たちの思いをも生かすことになるだろうし、それ以上にこれからの人が生きることに役立つものだろう。
 医師の権力や看護の労働、医薬品の開発と富といったものが、医学の主役なのではない。看護にはまだまだ隠されたチカラがある。良い特集であったと思う。そしてこの特集が生かされるようにと願う。




Takapan
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