『看護の時代』
日野原重明・川島みどり・石飛幸三
日本看護協会出版会
\1700+
2012.3.
東日本大震災から1か月、とくにこの災害の現場に於けるケアをモチーフとして、三人の「看護」への熱い思いをもつ人たちが集まり、その鼎談が活字となった。『看護』『ナーシング・トゥデイ』『コミュニティケア』誌に掲載したメッセージである。
副題に「看護が変わる 医療が変わる」という文字が添えられている。必ずしも、震災があったから、というわけではないだろうが、その契機の意味は大きかったものと思われる。
三人それぞれの文章もある。日野原重明氏は有名であろう。聖路加国際病院の名誉院長・理事長として活躍中の医師であり、御年100を数えつつ現役であった。2017年、惜しまれつつ亡くなったが、日本の医学に対する貢献は計り知れない。そして、看護職への理解についても、強い思いをもっておられた。これからの看護が医療の概念を変える、というテーマで、本書の冒頭を飾る主張がまず読めた。
そこから鼎談が始まり、全体の3分の2ほどを占めた。最後に二人の文章があった。
石飛幸三氏は、外科医として脳梗塞についての術式について長年貢献してきた。後年、特別養護老人ホームに勤務し、著書も広く読まれている。ここでは、「治す」ということに疑問をもつに至った過程を紹介する文章を載せている。老衰に至ろうとする人が食べなくなることについて、それでは栄養が足りないから食べさせよう、とするのがかつての医学であったが、食べないから亡くなるのではなくて、亡くなろうとするから食べなくなる、ということに気づかされていったという。そして、医師の立場から見ていた看護職を、介護の現場から新たな視点で知ることとなり、この看護の時代についての貴重な発言へとつながってゆくのであった。
川島みどり氏は日本赤十字看護大学名誉教授などの立場にあり、看護についての多くの著書がある。赤十字国際委員会などよりこの数年前にフローレンス・ナイチンゲール記章を受章している。ナイチンゲールについての研究や著書もよく知られている。本書の締め括りに、「看護とは何か 看護師とは何をする人か」という、根本的な問いを掲げ、自らの取り組んできたことを、さらにこの震災と重ねて論じている。なんとか生きていてほしい、ということへの挑戦が「キュア」であるならば、「ケア」こそ生きていくことを支えるのであるとする。患部の治癒を診るのが医師であるのであろうが、看護は全身、全人格を観るのだ、とする。そして被災地から、私たちは医療について学び、看護の意味を改めて問うに至るであろうことを、祈るように絞り出すのだった。
こうしたことは、三人での話の中でも随所に現れるから、時に幾度も繰り返されるような印象を読者はもつかもしれないが、それほどに大切なことが重ねて言われていることを心に受けるような気持ちで読むとよいのではないかと思う。私は本の頁の順番で読んだが、もしかすると、三人それぞれの文章をしっかりと読んだ上で、鼎談を読むという段取りだと、それぞれがどのような立場から発言しているのか、分かりやすかったかもしれない。あるいはまた、いっそのこと三人の話をまず読んでから、それぞれの文章を見た方が、言いたいことはこれだったのだ、と改めて深く心に染み入るかもしれない。
だが、多分にこの順序でよいのだろうと思う。日野原重明氏の文章が最初にあるが、これは名誉的な配慮であるかもしれないけれども、そもそも本書のスタンスを大きく捉え、また本書が訴えたいことを簡潔に突きつけてくるが故に、やはり私たちも最初にこれに触れるのがよいのではないか、という気がする。
三人での話は、三つの角度からまとめられているので、それをここに掲げると、「医療に果たせること、果たしえぬこと」「医師の視点、看護師の視点」そして「看護の原典に立ち返って」というタイトルが付いている。キュアとケアの話は最初のところにある。また、医師と看護師の役割を問う場面では、これまでの歴史を振り返って見えてくるような、医師の助手ではない、正に看護の全体ケアへの変化がすでに感じられることが伝えられる。この傾向は、大きな病院でもまだ十分に実現していないかもしれないし、小さな医院ではどうしても看護のあり方は軽いように考えられているかもしれない。だが、その後15年を数える私の読んだいまになると、「介護」という問題が大きく取り上げられるようになってきている。こうなると、「介護」と「看護」との間の垣根も取り払われてゆく方向にあるか、少なくともそうあるべき時代が来ているという印象がある。そして最後に、ナイチンゲールに戻って捉えたい視点も問い直す。ナイチンゲールは、もちろん清潔という基礎から医療を改善したし、看護師というよりは統計学者としての力量が大きく貢献した人であるが、いまもなお看護の原点としての光を放ち続けていると言えるだろう。「手当」は「癒やし」の技であり、また「死」を避けたり引き延ばしたりすることよりも、当人が満ち足りる医療へと、私たちの世の中が変わってゆくことが求められているという。
鼎談の最後のところで、日野原氏が、ウィリアム・オスラー先生が挙げた、「看護師には何が必要か?」ということについての「七つの徳」について述べている。「明るさ」「凜々しさ」「優しさ」「微笑み」「温かさ」「清潔」「寡黙」だという。そして、その七つのものを一つにつなぐものが「慈しみある愛の心」であるという。この言葉を以て、看護師に贈る言葉だとするのであった。

た
か
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