本

『かなえびと 大野寿子が余命一カ月に懸けた夢』

ホンとの本

『かなえびと 大野寿子が余命一カ月に懸けた夢』
小倉孝保
文藝春秋
\1750+
2025.9.

 「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」という、非営利団体がある。その初代事務局長として、難病の子どもたちの夢を叶える運動を続けてきた、大野寿子の生涯を追う本である。ライターは、ノンフィクション作家として著名な小倉孝保。他にもよく知られた作品がある。しかし著者の顔は基本的に出すことはなく、ひたすら大野寿子について紹介してゆく。
 「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」は、アメリカの慈善団体「メイク・ア・ウィッシュ」の日本支部として始まった。宣教師が関わっているというが、その辺りのエピソードは、本書にふんだんに描かれている。つまり、大野寿子自身のこともさることながら、こうした団体の活動の話が幾つも掲載されているということだ。子どもたちは難病のため、基本的に未来が狭く閉ざされている。しかし、何かしら夢をもっている。それが希望になっている。早くに命を終わらなければならない子どもたちに、笑顔がもたらされたならば、それを何か「与える」という形でもたらすのは、キリストの「愛」の現れでもあるのだろう。
 大野寿子は、一度結婚に失敗している。夫のギャンブルの故である。それは、野球の大谷選手の元通訳の問題にも重ねられる。依存症である。そのことにも本書は短く触れていた。
 劇団四季にいたこともある。そのときの知人に助けられていたが、男の子4人を抱えていた。離婚してから浦安教会との関わりができていたが、後にそこで再婚相手の朝男と出会う。朝男は最初の妻を病気で亡くすが、その妻を通じて信仰を与えられたのだった。そして寿子は、その教会で「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」の活動に出会うのだった。
 多くの活動が縦横に紹介されてゆくが、65歳で寿子が定年を迎えて退職するところから、事態は寿代自身のことへと及んでゆく。一度は牧師になろうかとしたこともあったが、牧師はそれを、「神様に呼ばれているわけではない」と抑えた。それをちゃんと見抜く、よい牧師である。
 新型コロナウイルス感染症について変化が現れた2023年、体の不調から、深刻な病気が発覚する。しかし、寿子は落ち着いていた。覚悟を決めたというのはおかしいかもしれないが、「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」での経験から、できることが多々あった。ここからが、本書の叙述はとても長い。病状の変化や体の衰えなどが、克明に記録されてゆく。それをひとつの物語として、人と人との会話で綴るところが、ノンフィクション作家の才覚である。
 本書については、文藝春秋社も、もちろん販売促進のために、力を入れて宣伝をしている。その活動の意義や内容たるエピソードの良さ、また生きる限り力を振り絞った寿子の生き方を紹介しようと努めていた。だが、宣伝としてはとても残念なことがあった。そこに、キリスト教信仰や教会のことが、全く触れられていないのだ。
 著者が殊更にそれを強調しようとしているのではないことは分かる。だが、だとしても、その死が信仰に包まれていたことについては、実際甚だ詳しく書いているのだ。別れを告げるために訪れる人と、祈ったり賛美歌を歌ったりするなどの交わりがあるし、「最後の晩餐」という章もつくられていて、牧師との時間もたっぷりと語られている。ともかく寿子は、死への準備を刻々と営んでいた。
 死は「違う世界に入っていくのは楽しみです」で一蹴される。「新しい世界を見られるのは楽しいじゃないですか」と笑う。
 しかしだんだん衰弱してゆく。その様子を描く筆致に、読む側は涙か出そうになる。
 そして告別式の様子もしっとりと描かれる。そこに寿子はいない。献体していたのだ。
 少しばかりの汚点も隠さずに著者は最後に触れているが、それさえも希望がないものではなかった。劇団にも在籍していた寿子は、長大なドラマの幕を下ろしたのである。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります