本

『神のかけら』

ホンとの本

『神のかけら』
スコット・アダムズ
鈴木玲子訳
アーティストハウス・角川書店
\1,600
2003.4.

 小包の配達にきたぼくは、配達先で奇妙な老人に出会う。老人は問答を仕掛ける。「手の上でコインを千回投げたら、表が出るのは何回になるかな?」そこから、老人の問いかけにはまっていき、延々と議論にはまってしまう……。
 ソクラテスの現代版のような内容の対話に、読者も引き込まれてしまうだろう。テーマは、神。だがこれは、注意して読まなければならない。必ずしも、キリスト教信仰を助けるものではない。むしろ、その構築した階段を外そうとするものかもしれない。かといって無神論ともいえず、むしろ老人は、神の存在は至極当然であるという前提の基に話を進めているように見える。この本で私たちは再び、「神」とは何かについて考えさせられることになる。
 著者は、アメリカで有名な3コマ漫画『ディルバート』を世界の新聞2000紙に連載している。が、この本はそれとは無関係に、そしてだからこそ、多くの読者を驚かせ、反響を呼んだという。自由意志の問題から、やがて著者得意の物理学の分野に話が及び、「神のかけら」としての私たちが何を以て幸福を得るかという方向に進んでいく。
 ときにそれは、戦争の愚かさを謳い、中東情勢を想定しているかのようにも見えるが、著者はこの本に対しては明確なポリシーを有している。それは、これが「思考的実験」だということである。登場人物の思想は必ずしも著者の思想だというわけではなく、想定されるあらゆる可能性を議論として展開しているというのである。それゆえこの書の帯にはこう記してある。「この本は神について、世界について、あなたがこれまで一度も聞いたこともない考え方が書かれています。」
 私自身がとくににんまりしてしまったのは、「好奇心の強いミツバチ」のくだり。どうして人は多種多様な宗教を信じるのかとぼくが訊いたときに老人が使った比喩である。好奇心の強いミツバチの群れが教会の窓の外に集まったとする。ステンドグラスのいろいろな色を通して、会堂の中を覗き込んでいるが、あるミツバチは教会の中が赤く見え、他のミツバチは黄色に、と違って見える。そして教会の中には触れることもできないでいる。ミツバチは、自分の見た色にこだわり続けることだろう。さて、彼らはどうするか。対象を理解できないために、不満を抱き続けるか、それとも、独善的な妄想を展開してその世界に浸ってしまうかだろう。前者は仲間から追放され、後者は互いに団結していくだろう――。
 話題となった白装束、「千乃正法」もそうした姿の一つに違いない。キリスト教会にも、当然そうした傾向はあるが、実際に偏った走り方をするグループもある。取り扱いに注意すべき本ではあるが、私のような者には実に面白い本であった。




Takapan
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