『神なんていないと言う前に』
パク・ヨンドク原作
クレマインド文・絵
藤本匠訳
いのちのことば社
\1680
2012.10.
すべてマンガである。ただしカラーマンガで視覚的に読みやすい。この中で、キリスト教について熱い証しと勧めがなされている。著者からくるように韓国を背景としているが、日本人が読んでも何も違和感を覚えることがないような内容だと言える。それというのも、話が非常に抽象的で、精神的なものになっているからである。いわば、神学論争をマンガという形で提供しよう、という感じである。
まずはタイトルにあるように、無神論者に対する弁明。これを文章で書くと悪気があると思われてしまうような内容も、シンプルな線のギャグ調なマンガで展開されると、そんなに肩肘張って対抗しようという気持ちにはなりにくいのではないかと思われる。とはいえ、内容はかなり辛辣でもある。無神論と口にする人もまた、神がいないということを「信じている」という点に気づかせようとする。それも一つの「信」ではないのか、と。このように、尋ねたり批判したりする人自身に眼差しを向けさせるというのは、私も正しい姿勢、必要な視点であると思う。客観的な議論になればなるほど、「自分」というものを除外して論じ、論理が通っていると錯覚しがちなのである。私もその道を通ったので、そのあたりの事情は痛いほど分かる。
続いて、キリスト教を遠ざける16の理由という章が立てられ、様々な反論を想定し、それぞれに答えるという形をとっている。ここでたとえば、神さまはどうして悪人を滅ぼさないのか、という疑問に簡単に答えている。それもドラマ仕立てである。神はこの抗議に答える。分かったでは悪人を滅ぼそう、と。これで人々は喜んだ。ところが約束の日に、地球上には人間がすべていなくなってしまった、というわけである。自分は正しい者であり、その滅ぼされるべき悪人ではない、という思い込みが、間違いの基なのであった。私たちは、「あの」滅ぼされるべき悪人が滅びるように、と願う前に、「この」滅ぼされるべき自分がまだ生かされている、という点に着目するように、この本は促す。要するにそういう本なのである。だから、たんに「キリスト教が正しい」などと論破しようとしているわけでもないし、「だから信じろ」と迫ろうとする姿勢も感じない。いや、そのように感じる人がいないとは言わないが、そういう本ではない。その点、自分本位の空想世界に酔いしれた、宗教まがいの商売が得意の教祖とは訳が違う。
本はこの後、キリスト教の本当のすがたと題して内実を語り、神がいるという2つの証拠ということで、決して神学的ではないにしろ、この人の掲げる二つの点を辿っていく。こうして項目を限定したり数え上げたりすることは、説得に効果的なテクニックだとも言われるが、もちろんそのためだけに数を出しているのではない。聖書を基にして、その記述と歴史上の事実は、神を否定するほうが難しいのではないか、というような気に読者をさせるものだろう。それは、著者自らの証しにもつながる。これがまた読ませる。それまでの抽象的な話ばかりにもしかするとやや疲れた読者も、この人の身の上話にどんどん引き入れられる。案外、この証しがこの本のいちばん輝いているところなのかもしれない。神が祈りを聞いてくださった証しは、実のところ「証拠」にはならないかもしれない。著者自身、それを主観的だと認めている。だが、それはそれでよい。人生は他人のためにでなく、自分のためにあるとするなら、自分の体験には重い価値がある。キリストを信じ、神との応答やつながりを実感したという事実は、自分の中で消すことはできない。
最後は、救いへの第1歩だということで、実質的な「招き」として機能するような、それでいてくどくなくさわやかで簡潔なひとこまを用意している。なかなか凝った作りである。
マンガである。笑わせるところも多々ある。だが、視覚的情報が混じるということは、たとえ話のようなところでも力を発揮する。心に残る。文だけで表現するよりは、特にたとえる場面で有効である。イエスが譬えを多く語ったのも、もしかすると実のところ具体的に自分の体験のように聞く者に思われ、少ない情報で効果的に感じることができるような配慮であったのかもしれないと気づいた。
可能な限り穏やかに書かれてあるとは思うが、他宗教の信者や、無神論を張る人には、時折不快に感じるところがあるかもしれない。とくに初めのほうで、そういう印象をもつ方がいらっしゃるかもしれない。そこを少しだけ辛抱して、その先に目を通して戴きたい。人生に役立つ知恵がそこにあるかもしれない。キリスト教信仰をもつかどうかに拘わらず、どういう考えがそこにあるのは、見てみるのも悪くないだろうと思う。マンガだから読みやすいし、感覚的にも掴みやすい点があるだろう。細かな議論を受け流しつつ、何かしらよいものがあるかも、と頁をめくっていくと、何かしら収穫があるのではないかと思うのだ。ストレートに押してくるので、メッセージは伝わりやすいのではないかと私は感じている。