本

『書きあぐねている人のための小説入門』

ホンとの本

『書きあぐねている人のための小説入門』
保坂和志
草思社
\1,400
2003.10

 小説を書く人だけが読む本ではない。読む人もまた、楽しめる。いや、楽しめるという表現は、著者に対して相応しい言葉ではないだろう。著者は真面目に、小説を書こうとする人の苦しみに共感し、それをその人なりの良いもので満たされていくようにとの希望をもって、アドバイスすることを考えている。
 結末を決めておいて書くのは勧めない、と書いてある。いや、それはすでに文学ではない、とまで言う。自然な流れの中で、時に作者の意図を超えたものとして流れていくことがあるのだという。作者自身、書きながら成長するものでなければならない、とまで言い切る。
 原稿用紙の使い方だとか、作文のノウハウといったものを念頭に置いているのではない。作家の自由な脳裡空間に芽ばえたものが、形となって残ってゆくためには、生きた営みがその執筆活動の中になければならないのだ。それがどう行かされて形になってゆくか、という点に絞り、エールを送っているかのように見える。
 だが、著者は恵まれている。早稲田の政経を卒業するほどの才能があり、綴った文学は、さまざまな賞に彩られている。数々の受賞が、また自信や力になる。その繰り返しの中で、自分の文学に対する考えがまとまってきたので、こんな形式の本に調えた、と言うべきかもしれない。
 通常の仕事場紹介的企画では浮かび上がらないような、この作家の日常や重要な局面について、息がかかってくるほど近いところから語られているかのように錯覚する本である。それは、小説を書く云々を超えて、文学や言葉にいくらかでも関心があり、いくらかの知識を持っている方が、楽しめるという意味である。小難しい教養や、文学理論が重要なのではない。また、この本自体で完結したという性質のものではない。ちょっとした寄り道、ちょっとした講釈とたとえられても構わないであろう。
 ありきたりの文章教室では聞くことのできない、プロの作家が理屈云々より先にその前提として自分が有しているはずのものを、言葉で表現してこの本に並べてくれた――そう考えると、だいたいこの本の大切な部分を言い当てることができるのではないか、と私は思っている。




Takapan
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