本

『解放の出来事』

ホンとの本

『解放の出来事』
塩野和夫
新教出版社
\1456+
1991.5.

 ひとつのテーマだけで一冊を終える本をつくるというのは、勇気がいることだと思う。逃げるわけにはゆかない。そのテーマ、ここでは出エジプト記の最初から最後まで、読者が疑問に思うことを提示し、著者の考えも伝えていかなければならない。どうにも逃げられないから、調子のよいところはずんずん語るがよく意味の分からないところは避けるということもできない。真っ向からすべてと勝負しなければならない。
 もちろん、著者にはその力量があるからできるのだろうが、それに加えて、これを教育的観点から、人が役立てられるようにとつくりあげるのは簡単ではないと思う。事実、創世記についてこれに先立つ学びの本を出し、その続編としてこの出エジプト記へと至ったらしいことがあとがきに書いてある。
 しかし、学生あたりが読んで役立てられるかどうかは分からない。学生に教える立場の人にとっては使いやすいかもしれないと思うが、クリスチャンの学びの会あたりが、一番適しているのではないかという気もする。学習用という配慮として、章末に「覚えましょう」と題したコーナーがある。いかにも参考書のノリであるが、確かにこれで要点を確認することができる。
 けれども、そのような要点のみで通りすぎるのはもったいない。本書は、とことん出エジプト記に食らいついていくものだから、まとめに挙げられない点にも、多くのためになる叙述がある。やはり味わっていくべきだろうと思う。
 たとえぱ十の災いについては、その描かれ方に応じて表形式で比較がしやすいようにまとめられた頁がある。こうした振り分け方で見るのは非常に新鮮だった。確かに一定のパターンで繰り返されているが、書いた当人もそこまでは意識していなかったかもしれないとさえ思う。それは、十戒についても同様である。このような視覚的なまとめかたがあると、読者の頭の中も整理される。有難い配慮だ。
 著者は、自分の理解をぶつけようとだけしているわけではない。ほんとうに、聖書の記述を受け取りやすいように整理して示そうという配慮が随所にあって、まさに学びのために相応しいと思うのである。けれども、見た目も地味だし、イラストがあるわけでもなし、ひたすら味気ない教科書のごとく延々と文字が並んでいるだけだから、馴染みやすい印象を与えることがない。第一表紙が暗い。キリスト教関係の本にありがちなのだが、発行年を考えると、価格も高価に見える。果たして本書が売れたのか、読まれたのか、そこのところがむしろ心配である。
 しかしほんとうに配慮豊かで、頁の上方に、章のタイトルと出エジプト記の章節がすべてにわたって記されているのには驚いた。見開きの両方にもあって、言及されている出エジプト記が違うならそれぞれ違う章節がきちんと書いてあるのである。これは、ある点を調べるために、めくって簡単にそこに到達することができる。これほど早く目的の箇所を開ける本も珍しい。
 読者がすっきり見渡せるように、記述はあっさりしている。学問的正確さを目指そうとして、他の可能性や譲歩や根拠など、学的には触れておきたい内容を極力我慢し、一読して意味が分かるように説明がなされている。だがそれで本書が手を抜いてそうしている、などと考えてはならない。検討すれば哲学的に深い概念の差異などについて、案外さりげなく触れられていることもあるのだ。もちろん注をつけるなどはしない。とにかく一目見て必要なことが受け取れるようによく考えられているのである。
 それにしても、地味すぎる。私も、古本屋で偶然見つけなければ、出会えなかった。学び方、教え方にいろいろあることを知ることができた。もちろん、出エジプト記の内容そのものにも。




Takapan
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