『回復する人間』
ハン・ガン
斎藤万里子訳
白水社
\2400+
2019.6.
白水社が、20世紀の海外文学の叢書として「エクス・リブリス」のシリーズを発行した。2009年からであるという。シリーズ名は単に「蔵書票」という意味なのだそうだが、商売第一ではない、何か本気の出版姿勢を感じ、胸が熱くなってくる。
手に取ったのは、ハン・ガン。2024年のノーベル文学賞を受賞した韓国の作家である。1970年生まれであるから、作家歴も長い。もちろん私などは、それを翻訳を通じてしか触れることができない。だから、この読みやすさは、翻訳者の腕によるものなのかもしれない。だが、複数の訳者のものを読んだときも、そのどれもが読みやすい文体だと私は感じた。それは、原文の持ち味なのだろう、と素朴に信じることにした。
長編が多いと聞く作家だが、本書は短編集である。ハードカバーの本270頁余りの中に、七つの小説が詰まっている。尤も、最後の「火とかげ」だけで80頁ほどあるのと、その前の「左手」が50頁あるために、他の5編は平均で30頁を切ることになる。
少しけだるい雰囲気がする、女性の心理を辿るように読ませて戴くことが多かった。だがまた、奇想天外な想定に、戸惑うことも少なからずあった。
両足の踝(くるぶし)の下に穴が開いている。そこから始まり、死んだ姉との関係性に思いが馳せるのが『回復する人間』という、タイトルの物語である。「訳者あとがき」に記されているが、この短編集のタイトルは別のものだったが、著者が、こちらをタイトルにしたい気持ちがあった、と発言しているのを知り、訳者自身としてはそれがよいように思い、日本語版ではこちらをメインにしたのだという。
ではその韓国版の原題は、というと、「火とかげ」と訳した元の題「黄色い模様の永遠」だったのだという。なるほど、日本語にこれをもってくると、イメージが湧きにくいかもしれない。その「火とかげ」は、犬を避けようとして事故を起こし、左手が使えなくなった画家が、かつての自分の姿をある友だちの突然の電話をきっかけに見つけ出すというような過程が、ゆっくりと語られるものである。「火とかげ」はむしろイモリの仲間だそうだが、その韓国語での同音異義語が「永遠」であることから、イメージを重ねる展開が、お洒落である。
その左手が使えないという事態は、その前に置かれた「左手」が布石を打っているようなところがある。が、私としてはこの「左手」に震えるような思いがした。ストーリーを明かすのはよくないが、男性の左手が、男性の意志に反して動くことで、自分を滅ぼしてゆくような恐怖は、当然ありえないことでありながら、人間がそもそも自滅してゆくのは、自分の中の意に反するような何かであるかもしれない、という点に気づかされるような思いを抱くようにもなった。
クィアな「僕」と友情を結んだ相手との関係を、音楽の道や政治的な世情を背景に、美しく描いたのが「エウロパ」である。その他、全般に何らかの芸術を絡ませるものや、家族や親類の関係を中心に描くものがあるが、随所に、韓国独特の文化を基板にしていることがあるのを覚えた。訳者もその点を弁えて、本文の中に括弧付けで、韓国にしかないことや生活習慣などを、適切に注釈してくれているので、日本人の読者もたぶん戸惑うことはあるまいと思われる。
誰もがどこかにもつような傷、しかしそれはきっと癒やされたがっている。結末として癒やされないままに終わった物語もあるにはあるが、心の傷という意味では、日本人にも通じないものではないと思った。むしろ本当は、西洋の物語よりは、よほど読みやすいはずである。キリスト教について知ることもなく、西洋の物語を自分本位に読み解いている事態は、逆にキリスト教を思い込みから誤解する危険性すらあると思う。ハン・ガンの物語では、クリスチャンが多く仏教徒もかなりいる韓国にしては、宗教観を遠ざけているため、日本人にはきっと読みやすいはずだ、と私は考えている。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド