本

『河北新報のいちばん長い日』

ホンとの本

『河北新報のいちばん長い日』
河北新報社
文春文庫
\750+
2014.3.

 2011年11月に単行本が発行され、新聞協会賞や菊池寛賞を受賞したという。私は文庫版で入手して読んだ。
 副題に「震災下の地元紙」とある。「河北新報」が仙台の新聞だということが知られていなかったら、これでようやく、何を描いているかが伝わることになるだろう。
 2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生する。マグニチュード9.0という巨大地震であった。これによる被害は甚大で、やがて「東日本大震災」と呼ばれるようになる。地震による直接の被害もさることながら、海底の震源によるため、巨大な津波を引き起こし、これが犠牲者を増やした。また、福島の東京電力福島第一原発の津波被害は、放射性物質の放出をもたらし、見えない敵との闘いもここから始まることになる。
 さて、本書の舞台は、河北新報という新聞社である。1897年1月17日に創業した新聞社で、休刊日を除いては、毎日発行を続けてきた。本書にあるのは、決して「休刊」にはしないという使命感に燃える社員の記録である。
 それは、もしかするとどこか意地を張っていることになるのかもしれぬ。だが、それは人々のための意地である。天が与えた使命という意味での職業を表す語が西欧にはあり、日本語でも「天職」という言葉を用いることがある。新聞を発行すること、それが天からの使命である限り、その職務を全うしなければならない。ここにあるのは、そのリアルな現場の公表なのである。
 本社建物がなんとか使え、自家発電で電源が確保できたのは幸いだった。だが、本社のサーバーが使えなくなったことで、新潟日報の助けを借りることになる。なんと一年前、「緊急時の新聞発行相互支援協定」を結んでいたのだ。先例は、阪神淡路大震災のときの神戸新聞と京都新聞にあった。神戸新聞が休刊せず新聞を発行し続けたことが、河北新報の社員の頭に過ったかもしれない。
 社内で何が行われていたか。何が問題で、何を克服していったのか。それらの記録が具にここに描かれている。中には、他社の写真を、という意見に対して、自社の視点からのものを用いようと動く場面もある。見出しの言葉ひとつのためにも、熱い議論が戦われる。地元紙の立場である。膨大な数に上がった死者の数を出すのに、全国紙は「死者」という言葉を掲げたのに対して、河北新報は「犠牲」という見出しにした。地元の人々である。その新聞を読んでくれている人々、同じ空気を吸い、同じ風の影響を受け、共に生きているといえる「われわれ」と呼べる人々のことを記事にするのである。
 私たちは、いとも簡単に「寄り添う」という言葉を使う。被害者に寄り添って云々、と軽々しく口にする。それは、自分の行為を正当化し、美化しようとする自己中心的な心理が呼び起こす言葉である。だが、そう簡単に寄り添えることなどできるはずがない。できるとすれば、この新聞社が地元の人々のために議論して選んだ言葉くらいのものであろう。
 共に被災者であるという中で、新聞を発行し続ける。その思いには、鬼気迫るものがある。こうして印刷ができた、だがそれをどうやって届けるというのだろう。販売所も被害を受けている。配る顧客はどこにいるのか。亡くなった方がたくさんいる。避難している場所も分からない。
 そう。発行は号外という形でも、情報のない場所に次々と配布されるのである。とにかく情報が届かない。ラジオがそれなりの情報を伝えることはあったかもしれないが、写真の力は大きい。定着した記事という形での新聞を、拝むように受け取る人々がそこにいる。この働きの故に、他紙をとっていた人が、河北新報に換えた、という事例も多々あったことだろう。
 専門的な、発行の仕方や手続きなどについても、ここから学ぶことができるようにも思う。紙の供給が難しい中での対策、ガソリンをどう調達するかの方法、凡ゆる事例がここに載せられている。文庫は数年経ているが、元々は震災の半年後にまとめられたものである。生々しい記録がここにある。また、文庫には、その後のことを少し交えた「あとがき」も添えられており、東北楽天イーグルスの日本シリーズ優勝の記事が胸に迫る。阪神淡路大震災のときにも、神戸のオリックス・ブルーウェーブが優勝や日本一を飾っている。できすぎた話なのかもしれないが、選手たちもファンの応援からも、プレーの質が違ったのも事実だろう。この災害の中でも野球ができるということ、野球が力を与えてくれるということ、それを噛みしめていたことは、想像に過ぎないが、納得できるような気がする。
 同類の本として、阪神淡路大震災のときの神戸新聞の本もある。これが、社会問題や被害者救済のシステムなどについての問題提言を強くしていたのに対して、本書は、新聞社内の苦労話が中心である、という違いはある。時に、寝泊まりする社員の食事が具体的にどうだったか、という問題を詳しくレポートすることもある。福島のことも、その中で彷徨った社員の記録があっても、原発問題を世に問うような姿勢ではなかった。社会的な問題提起には薄いかもしれないが、災害の中で何ができるか、具体的に一つひとつ触れていることには、意義があると言わざるを得ない。
 あまりにも甚大な被害をもたらした災害ではあった。その中でできたことの、ひとつの証しであるだろう。阪神淡路大震災のときには、その背後にある、精神医学的な領域で、中川久夫や安克昌といった方々が、先進的な対応と提言をすることとなった。本書は、モーレツ社員の奮闘をよく伝えているが、今後、そこからは隠された、「こころ」への対処へも、眼差しが拡がるようなものが、世に届けられたら、と願うものである。




Takapan
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