本

『純米酒を極める』

ホンとの本

『純米酒を極める』
上原浩
光文社知恵の森文庫
\680
2011.1.

 頑固オヤジとわがままオヤジとは違う。
 著者は、そうとうに口が悪いようにも見えるだろう。ずばずばと語り、また自分の信念を曲げることはない。だが、それは意見の合わない人をすべて退けたりその意見を糾弾するというものではない。酒の理解について、私は著者の中に、寛大なものを強く感じる。ポリシーとしては純米酒しか認めない著者であるが、アルコール添加をその故に即断罪しているわけでもないからだ。ただ、そこには戦中戦後の食糧事情が絡んでいた。アルコールを加えないことには、もはや酒が造れなかったのだ。問題は、それを、豊かな食生活の時代になってもなお、コストあるいは知識の面だろうか、今なお続けているという点である。
 時に、誤った説を流布されている者に対しては、かなり手厳しい。それは純米酒を不当に汚されたときであり、しかも無知によるものであるからだ。財務局鑑定部から工業試験場に勤務し、酒造業に関わり続けてきた。マンガやドラマで有名になった『夏子の酒』にも役柄として登場するという。日本酒を語る上で欠かせない人であったといい、またずばり「生き字引」だともいう。確かに、この人よりも詳しい人がいるとは思えないほどの書きぶりである。その著者も、酒造りに関して、また?(口へんに利)き酒に関して、かなわないという人が幾人か紹介されている。すばらしい酒蔵や酒販店、料理店についてはどんどん紹介してある。人物についても同様だ。非常に人間味あふれる語りであると思う。
 それにしても、生き物たる酒について、こんなにも愛情を注いでいる人がいるというのは、敬服に値する。この本は、酒造業に携わる人への専門的な本ではない。それは別にある。これはいわば素人、一般の消費者に向けて書かれている。それでいて、純米酒のよさが滞りなく伝わってくる、大した著作となっている。訴えたいことが延々と綴られている。私は黙ってそれを聞いていればいいと思った。
 私も、純米酒を見直さざるをえなかった。東北支援と思い日本酒を購入したところ、その美味しさに目が開かれ、また味を比べているうちに、日本酒の深みや、オーバーに言えばこめられた魂のようなものを感じるようになった。改めて日本酒の製法や現状について調べてみると、いろいろなことが分かるようになった。入門書だと、確かに分かると言えば分かるのだが、もうひとつピンとこないものがあった。ところがこの上原氏の本だと、内容は難しいのであるが、ビンビン伝わってくるものを覚えた。酒に対する、生涯を掛けた愛情というものがひしひしと伝わってくるのだ。京都にある有名な玉乃光という酒がある。かつて私が知る、旨い酒の代表であったのだが、これには「入魂」と書かれている。たしかに、この本は入魂の一冊である。内容のすべてに賛同しなくてもいい。ただ、人間が一生をかけて追求したもの、またそれを守るためにどんなことができるのか、どんなことをすべきなのか、自分の大切なものを語るというのはどういうことか、知るには恰好の一冊である。 
 2002年末に光文社新書から出されたものを文庫化したものだという。だから、資料としては十年前のものである。だが、それは必ずしも古びていることを意味することはない。日本酒をとりまく環境が、大きく変化したようには思えないからだ。
 残念ながら2006年に著者は逝去している。生涯二百石を飲むという目的をこの本の最後に書いておいでだから、果たしてその目的は適ったのだろうか。あなたほどには愛せないかもしれないけれども、純米酒の「心」を守ることについては、微力ながら力を加わることにいたしましょう。




Takapan
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