本

『中学受験にチャレンジするきみへ』

ホンとの本

『中学受験にチャレンジするきみへ』
安浪京子
大和書房
\1500+
2021.9.

 表紙の宣伝文句が派手である。「中学受験本で初の子ども向け!」がまず目立ち、「中学受験専門カウンセラー算数教育家」という長い肩書きの著者に吹き出しで「大人気きょうこ先生」と付いている。因みにサブタイトルは「勉強とメンタルW必勝法」である。
 確かに、中学受験にまつわる不安を和らげる本は、その殆どが、親を対象としている。それにはもちろん理由がある。中学受験は親の受験、という考え方が基本だからだ。だが、「初の」という自信満々でいいのかどうか、私には分からない。皆無ではないと思われるからだ。だが、直接子どもに呼びかけるという点では、意義深いスタンスであるとは思う。
 チームは女性ばかりだ。アートオブエデュヶーションのメンバーである。家庭教師の会社である。しかし交通費は含まず、1時間12,000円は信じられない価格であり、今時はそんな相場なのかと驚いてしまう。
 さて、本の方だが、「メンタル」をメインにしているのは悪くない。それは後半4分の1強である。見開き2頁に1項目で、Q&A形式になっており、左端に常にまとめが書かれている。見やすい。回答者は数人のスタッフで手分けしているが、意思疎通は取れているように見える。小学校高学年でも少しきついかもしれないものには、漢字にふりがなが振ってあり、小学生自身が読めるように配慮してある。
 そして6割が「勉強のこと」について書かれてある。勉強の教え方については、企業秘密があるのだろうと思わせる。仕方がないことなのだろうが、この「勉強のこと」が、子どもにとっては殆ど意味がないように私には見えた。どの答えも抽象的で、精神論なのである。具体的にどうすれば勉強の問題が解決するのか、については教えてくれなかった。仕方ないと言えば仕方がない。
 漢字は何回書けば覚えられますか?と訊かれても、覚えたと思えるまで書きましょうとか、身につくまで練習しましょうとかいう答えしかしないのであっては、子どもはがっかりするだろう。苦手な文章があるという悩みに対しても、たくさん読んで得意にしよう、としか答えない。子どもたちの真摯な質問に対して、勉強のアドバイスとしては実質何も教えてくれていないことが殆どであった。この、本書の半分以上を占める部分では、読者からすれば残念な結果になっている。主宰者の担当する算数は偶に具体的な言い方はあるが、羅列するばかりなので、教えている方ならともかく、子どもたちの心に迫るかどうか疑わしいのと、やはり算数も、解説を読んでも分からないという悩みに対して、ノートを見て、それでも分からなければ塾の先生に尋ねよう、ということを挙げ、さらに動画を見よう、と言ってこれで解決したことにしている。これもやはり残念だ。子どもの悩みは、そういうことではないはずだ。近現代がややこしすぎるという相談には、なんと『ヘタリア』を薦めている。これはトンデモではないか。藁をも掴むようにしてそれを買ったら、読めないどころか、意味が分からないと悩むのではないか。しかも世界史のウェイトは中学受験にそれほど大きくない。まさかそれを薦めるというのは、ぶっ飛びそうになった。理科では、月の形や方角が分からないという質問に対して、信じられないような解説がなされていた。子どもが尋ねたいことには答えてくれず、恒星と惑星と衛星についての分かりにくい喩えで半分を浪費し、文章でだらだらと月の動きを説明し、訊かれてもいない日食と月食についてしゃれた説明をして終わっている。悪いけれど、この文章を大人に、あるいは大学生でもいい、読ませてやってほしい。一読して何が分かるか、調べてみるといい。まとめのポイントも、子どもの質問とは全く関係がない。子どもの質問の意味さえ分からないで、よくぞ子どもにものを教えているものだと不思議でたまらない。
 関係者の目に留まったときのために念のため言っておくと、私は塾で各科目を教えている。小学生に対しては、抽象的な教え方は、ルールや公式を抽象的に掲げるほかはしないことにしている。本書にあるような相談を受けたら、子どもにとり何をイメージして、具体的にどのようにすればよいか、必ず目に見えるように話をする。私だったらどう答えるか、という筋書きを皆もっている故に、それとかけ離れた本書の回答に、がっかりしているのである。
 くり返すが、それは企業秘密だから言えない、ということなのだろうと私は好意的に推察しているわけだ。ただ、そういう理由であるならば、表紙にあるような、勉強の必勝法という触れ込みは、誇大広告というような感じもする。だから、初めから、メンタルなアドバイスをするよ、という言い方でよかったのではないかと思う。そのメンタルという枠の中で、漢字についてや文章について具体例を少し入れれば、逆に、メンタルだけだと思ったら勉強法も教えてくれる、という評価をしてくれるのではないだろうか。勉強法を教えるよと言うから開いたら、期待外れだったとなると、印象が悪くなるのではないかと心配する。
 子どもの心を助けることができるかどうかは別として、130頁から後については、所々参考になるところはある。だが、子どもが手に取ってその参考になるところを区別できるとは思えない。やはりこれも、しょせん親が見て、自分の子にはこのアドバイスは役に立つかもしれない、という程度に考えて用いるのがせいぜいのところである。受験生がこの本に使う時間があれば、塾の授業をちゃんと聞いたほうがよほどいい。




Takapan
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