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『it's Greek! 聖書ギリシア語おもしろ講座』

ホンとの本

『it's Greek! 聖書ギリシア語おもしろ講座』
橋本滋男
日本キリスト教団出版局
\1200+
2005.3.

 以前関心をもっていたが、ついに買わなかった本。それが格安で並んでいるのを自ら見ると、やはり手が出る。表紙のイラストはローマ兵士たちが「神の子だ!」「神の子か?」と言い合っている。これだけで何が言いたいか、それなりの知識がある人には分かるものだが、表紙のタイトルには実はほかにも「ちんぷんかんぷん」とポップな自体でアーチ状に並んでいて、コミカルな雰囲気を醸し出しているのは、このローマ兵たちの漫才めいた様子に現れているということなのだろうか。
 この語は、福音書でキリストが絶命したときに、目撃した百卒長が口にしたという言葉の日本語訳である。ギリシア語には疑問符などがないので、この言葉は、どちらにも訳すことが可能であるのだ。しかしどちらに訳すかによって、この言葉の意味はもちろんだが、場面の解釈、引いては異邦人への福音という神学的な事項についても、全く変わってきてしまう大問題なのである。とても笑えるような情況ではない。
 そう、it's Greek! というのも、まさに日本語訳にすれば「ちんぷんかんぷん」という意味なのだが、これとギリシア語解説とをかけているユニークさを表しているということなのだろう。
 でもこれ、ほんとうに「おもしろ講座」なのだろうか。
 実際読んでみると、中は非常に高度である。いや、ちょっとギリシア語をかじった程度の私が知っているくらいだから、高度ということはないのかもしれない。聖書を少しでも知る人の常識ばかりが並べられているという意味では、ポップなものと見たほうがよいのかもしれない。ただ、やはりギリシア語について何も知らない人が読むのはしんどいだろうと思われる。それなのに、ギリシア文字やギリシア語文法についての最低限の紹介が、巻末のほうに置かれているというのは解せない。最初からいきなり、主格・属格・与格・……と並べられ、次は、カタカナ読みが括弧付けされているとはいえ、聖書の中の一文がまるまる出されて、動詞の主語の解釈によってはこういうふうにも読める、などという話が普通に書かれている。おいおい、という感じで、これは全くギリシア語を教える講座ではないということが明瞭ではないか。すでにギリシア語を最低一年間は必死でやったくらいの前提がないと、何が書いてあるのかさっぱり分からないのではないだろうか。
 こういうところから始まり、本書は、聖書に出て来る語の関連語をたえず紹介し、単語の意味の理解により文意が変わるとか、句読点の打ち方で変わる釈義の話、アガペーが各文書でいくつ登場しているからどのような理解が可能かなど、神学校にでも行く人ならば心得ていて当然というような内容が目白押しである。
 後半は、聖書本文から少し離れた形で、ギリシア語やギリシア文化についての紹介がなされる。釈義というよりは、知識めいたものが多くなる。また、文法的な説明が多くなる。普通ならば、これを終えてから釈義だろうと思うのだが、これを手に取るのは聖書をギリシア語で読むことに興味がある人に限定されるという前提のもとに、そういう人にいきなり文法をつらつら並べても嫌がられるから、まずは聖書を理解するのにギリシア語の知識があればどんなに深く聖書の言葉を知る、あるいは考えることができるか、その実例を見せようとしたのかもしれない。そうして、やる気があればこんなふうに学ぶとよいよ、と後半でむしろ基礎を伝えようとしているとも考えられる。穿った見方だろうか。でもそうでも考えないと、この通常の語学関係の本からするとありえない順序になっていることが説明できないのである。
 ギリシア語について知識をもつようになれば、聖書について、それまで気づかなかった様々なことに知ることができるし、そうすると新約聖書の読み方が深くなる、という期待を抱かせるため、といま言ったが、これはやはり大切なことである。日本語訳を読み比べるだけでも、ずいぶん聖書は深く読むことができると思うのだが、確かにここぞというところだけでもギリシア語で見ると、なんだそんなことか、と思うことがある。語順の知識もあれば、どの語が強調されているかも見て取れる。短い箇所についてデボーションをする場合には効果がある。また、メッセージを担当でもすることになったら、こうした作業は必定である。
 素人が本書の内容くらいを修めれば上等であろう。その意味では、この価格と量はなかなかぴったりしていると思うし、無味乾燥な文法書とは異なり、内容的に関心をもって「へえ」などと言いながら読み進むこみとが可能であると思われるから、確かにこれは「おもしろ講座」であったのかもしれない。




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