本

『物語 イスラエルの歴史』

ホンとの本

『物語 イスラエルの歴史』
高橋正男
中公新書1931
\1029
2008.1

 カタイ本である。いや、本の材質は軟らかい。持ち歩きやすい新書である。が、文献を含めて372頁。読み応えがあるものの、逆にこれだけのスペースでイスラエルの全歴史を網羅するというのだから、まとめる技量は大したものである。
 専攻はイェルサレム史だというから、この本もエルサレムを中心に展開する。4000年の歴史を一望するには、これが限界ではないかと思われるほどの、要領を得たまとめとなっている。
 ともすれば、聖書の時代に集中しがちである。もちろん、聖書の古代史の著書も多い著者であるから、その点もぬかりがない。しかも多岐に渡る聖書の記事を的確に紹介するのはやはり並大抵のことではない。聖書に基づかない考古学的資料もふんだんに取り入れ、通史に徹する本文とは別枠でコラムも時折提供してくれるのも楽しい。
 それから、ふだん実に隠されて閉じられてしまっているのが、イスラム時代である。十字軍時代のことでさえ、ヨーロッパ側からの視点でなんとか紹介されるのがせいぜいのところを、数少ないイスラム側の文献に基づき、続くトルコの支配のありさまも、生き生きと紹介してくれる。
 そして、この百年余りの歴史がまた大きな意味をもつ。イギリスの画策を示し、シオニズム運動の背景と実像とを余すところなく提供している。
 パレスチナ紛争問題をテレビでちょっと扱うときにも、したり顔で、「聖書の時代の争うに基づいているんですよ」とコメンテーターと称する芸能人や評論家が口にすることがあるが、無知も甚だしい。そんな気持ちにさせてくれる本である。
 一読するのもよし。そしてまた、何かイスラエルにまつわるニュースが飛び込んできたときに、関係しそうな背景を、後半百頁辺りから探してみるとよい。なるほど、と思えることがあるだろうと思う。
 聖書によると、イスラエルの運命は、人類の運命を担っている。それが決して神話に終わるものではないということも、読者は感じてくるだろうと思う。大国の利害や思惑も絡み、もちろん歴史的に東西の交通の要所としての意味を保ちつつ、イスラエルは鍵を握っていることが分かってくる。
 ひとつ疑問に思ったのは、最近の動向の説明の中で、私のイメージしていたよりもずっと、アメリカの重要度が減じているように感じたことだ。アメリカは、つねに他の諸国とならんで紹介されるのみで、アメリカが独自にイスラエルと関わっているという話が表に出てこないように見えるのだ。アメリカにとりイスラエルが小さくない意味があるにしても、イスラエルにとってアメリカは、特定の関係とはいえず多くの大国のうちの一つに過ぎないのだろうか。
 まして日本は、何の役割も果たしていないということになるのだが、たしかに日本の政治家には、イスラエルの歴史の意味など、しょせん他人事に過ぎないということになるのだろう。
 ともかく、手元に置いておきたい一冊である。




Takapan
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