本

『誰もいそがない町』

ホンとの本

『誰もいそがない町』
藤井青銅
ポプラ社
\1365
2005.11

 遠近法への疑いから、創作が始まった、というふうなことが、「あとがき」に記されていた。目に見えないところに、ストーリーが隠されているのではないか、と。
 ずっとこの本を楽しんできた私からすれば、この説明が、実にスッとくるものとなっていた。そうだ、実に楽しませてもらった本なのだ。
 星新一の賞を受けた持ち味を活かして、ショート・ショートの集まりである。文字数は、他の本に比べて少ないだろう。だが、読者の目に映る風景を、がらりと変える力をもったストーリーばかりである。
 エレベーターがデートしている話に始まり、夜の間に海の水があたりを実は全部覆っていたのだという指摘、鉄棒にぶら下がるだけですべての価値が逆転したり、電気虫の実態を解明したり、もうわくわくするような「おはなし」が続いていく。
 楽しいばかりかと思えば、心にしっかりと爪痕を遺すかのようなストーリーもある。「世界で一番の木」が心に残る。「クッキーの型のように」の切なさは、何にたとえよう。「少しずつ死んでゆく」は私のテーマのようなものでもあるし、タイトルにもなった「誰もいそがない町」に、私たちは重い荷を降ろすような思いをもつ。笑いながらも「自分というものをしっかりと」が、実に的を射た視点をもっていることに気づくかもしれない。
 そして「方程式の解法」もまた、私がふだんものを見ているときの心理そのままをうまい具合に形にしてくれたという感想である。
 ちょっとお洒落で、ちょっと優しくなれる、小さな宝箱のような本だった。




Takapan
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