本

『私たちはいま、イラクにいます』

ホンとの本

『私たちはいま、イラクにいます』
文・シャーロット・アルデブロン
写真・森住卓
講談社
\1265
2003.10

 2004年5月、写真家の森住卓さんは、大きな賞の受賞を辞退した。ニュースに挙げられてはいたが、そう大きな話題とはならなかった。もっと大きな声が出てくるかと思ったら、そうではなかった。
 賞を与えると言われたのが、この本である。アメリカ人の当時13歳の少女(と呼んで差し支えないだろうか)が、2003年の初めに教会でスピーチしたものが、大きな反響を巻き起こし、まさに始まろうとしていたイラク戦争に対するアメリカの良心の支えとなった。それは、子どもながらの視点ではあるにせよ、イラクの子どもたちへの共感に満ち、大人たちが覆い隠そうとしていた真実を露わにした。そして、誰にでも分かり易い言葉だった。原文の英語をネットで見ることができるが、素直で理解しやすい文章であった。
 引用は控えよう。「イラクの子どもたちは、どうしているでしょう?」というタイトルのスピーチは、一部を取り上げると、取り上げなかった部分に対して不誠実になるような気がする。そしてまた、森住さんが正面据えて撮影した、この本にある多くのイラクの子どもたちの眼差しを、受け止めなければならないと思う。その目が自分をじっと見つめていることに対して、私たちは目をそらしてはならない。逃げてはならない。
 この本を賞の対象に挙げたのは、産経新聞であった。そこで、森住さんは直ちに、次のような辞退の手紙を送ったのだった。

 第51回産経児童出版文化賞の受賞を辞退させていただきます。
 「私たちはいまイラクにいます」に登場するイラクの子どもたちの写真は、悲惨な戦争のなかでも、それを乗り越えてたくましく生きていました。彼等は無法なアメリカの侵略戦争を身をもって告発していました。空爆された跡に立つ少女や劣化ウラン弾の影響と思われる白血病の少年がじっと見つめる瞳はこの戦争を止められなかった大人たちの責任を静かに追及しているようでした。
 この戦争を産経新聞社はどのように伝えたのでしょうか? 日本政府のこの戦争に加担する姿勢を一度でも批判したのでしょうか?
 この賞を受けてしまったなら、イラクの子どもたちに2度と顔向出来なくなってしまいます。

 産経新聞は、皆様ご存知の通り、フセイン元大統領が極悪人であるがゆえに、アメリカがイラクを爆撃するのは当然であるとし、日本がこの戦争に自衛隊を派遣するようにとしきりに扇動していた。そればかりか、イラク攻撃を少しでも妨げようとイラクに潜入した人々を、高見から小馬鹿にし、揶揄し続けた。戦争反対を唱える人々を腰抜け呼ばわりした新聞である。人質事件の巻き添えになったメンバーを、悉く糾弾し、いじめぬいた新聞社である。また、そのコラムは、イラク人虐待がすべて嘘であるかのように――恰も南京大虐殺はなかったとでも言っているかのように――印象づけようとしたし、イラク民衆の苦しみよりもアメリカの対面しか心配していなかった。
 森住さんは、この賞を与えることで、産経新聞はイラクの人々を守ろうとしている新聞社だと宣伝をしようとしていることを知っていた。ジャーナリストとして、こんな賞を受けることはとんでもないことだということを、訴えなければならなかった。
 だが悲しいことに、この抵抗はテレビでは報道されなかったと思う。日本の多くの人は、こんな辞退劇があったことを知らない。そして、このすばらしい本を知らない。テレビや新聞で扇動する声に安易に従っている人が多い。
 ぜひ手にとって戴きたい。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります