本

『みんなを守るいのちの授業』

ホンとの本

『みんなを守るいのちの授業』
片田敏孝 NHK取材班
釜石市教育委員会協力
NHK出版
\1470
2012.1.

 小学生が読める体裁になっている。活字も教科書体であり、ふりがなもついている。中学年であれば問題なしに読める。また、内容的にもそのように制作されている。
 副題は「大つなみと釜石の子どもたち」である。つまりはこの本は、一定の角度から強調された防災の本である。それは、津波についてはとにかく高いところへ逃げるということを教える。しかも、釜石における、いわば奇跡的な子どもたちの避難が主である。
 釜石における児童・生徒の犠牲は実に少ない。学校ごと全員助かっているところもある。しかしその学校は水に沈んだ。つまりは、逃げたからこそ助かったのであって、逃げていなかったら、そしてもう少しでもぐずぐずしていたら、犠牲者が何十人何百人と出ていたに違いないと思われる。
 なぜ助かったのか。それがこの本に書いてある。とにかく逃げたのだ。しかも、その行動が学習で徹底されていた。大人は逃げるのをためらったり、家に戻ったりするのであるが、子どもたちは迷わず逃げた。そのとき防災無線も停電の故か機能していない。だのに、行動した。中学生が小さな小学生の手を引いてでも、助け合った。
 一度着いた避難場所だが、そこでは足りないのではないかと話し合い、子どもたちはさらに上の場所を求めて走った。実はこれがなかったら、ここも悲惨な結果を生んでいたことになる。まことに、マニュアル通りでなく、その場その時における判断が大切であった。先生たちの指導もあった。だが中には、子どもだけで行動した例も確かにある。すでに放課後となり、海釣りをしていた子どもたちが、いち早く避難して助かっているのだ。その判断力と勇気、行動力には敬服せざるをえない。
 そればかりではない。ためらう大人に呼びかけて急かして、結果的にその大人を救ったという例もたくさんあるのだ。言われたとおりに避難の一途な行動をとることが、この場合は命を救っている。これまで幾度か、避難したのに津波が来なかったという例に惑わされた大人たちとは、そこが違う。訓練しているとおりに、子どもたちは行動したのだ。狼少年に幾度騙されようとも、つねに逃げるのでなければ、何十回に一回かもしれないその大津波に対して、勝つことはできないのだ。
 実に分かりやすい説明である。小学生に分かるように書かれてあるのだから。それでまた言うが、大人こそこうした本に触れるとよいのだ。一読しただけですべてが分かる。大した時間はかからない。言おうとしていることはシンプルだから、メッセージもよく伝わってくる。それに私だけがそうなのかもしれないが、読むうちに涙する。電車の中で開いてしまったと思った。目頭が熱くなって、周りの景色が歪んでくるではないか。
 この本には、書かれていないことが沢山ある。だがよいのだ。書かれてあることは何か。それは、生きのびるために必要な一つのことである。そのことを一冊の中で徹底的に教えてくれる。だからもう読者は迷いがない。ひたすら逃げるというそのこと、判断の大切さ、それらかがんがん押し寄せてくる。いやでも心に響き、心を決める。私たちの怠惰な心が、すっかり矯正されるかのようだ。
 へたにノウハウをばらまくよりも、一つの実例が物語として語られるところに意味がある。心に深く、必要なことを刻むであろう。子どもだけの本にしてはならない。大人が率先して読んで、これを自分のものにしよう。とにかく逃げるというのは、自分が必死で逃げる姿を見せることで、ほかの人にも一大事だという思いを宣伝することになるから必要なことなのだ、というような内容も書いてあった。小さな灯も、全体に届く光を発することができる。人目を気にする必要はない。私たちは、まず逃げよう。自然の中で人間の力など、ほんのちっぽけなものでしかないのだから。




Takapan
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