本

『生きる道しるべ――イエスの譬話』

ホンとの本

『生きる道しるべ――イエスの譬話』
船本弘毅
河出書房新社
\1,400
2002.1

 温かな本である。聖書の解説をするのが目的でもなく、それでいて、たしかな聖書の知識に裏打ちされた書き方がしてある。知識や研究は、このように使うのがベストなのだろう。誰にでも分かる仕方で、分かりやすく話す。難しいことを難しく言うのはむしろ簡単なのだ。難しいことも簡単に聞かせるというのが何を極めるものなのだ。
 著者は、東京女子大学学長。日米の神学大学の大学院を極めている。だがこの本には、神学用語も、著名な神学者の研究も、出てこない。いや、どこかで人名はあったかと思うが、それがどこだか分からないくらいに、さりげなく言及しているだけだ。ここにあるのは、福音書に現れるイエスのたとえ話と、それを自分の人生に活かすための知恵だけである。それは、かのイエスが地上で語った言葉のように温かく、人の心を刺し、神の恵みの場まで導き上げる力をもっている。もちろん、イエスの言葉の解説であるからその力があるのは当然と言われればそれまでだが、人の「色」のようなものが出てくると、とてもそのような響きを奏でることができなくなってしまうのが常である。しかしこの本にあるのは、どこまでもイエスの言葉であり、ガリラヤの風のような感触が残るものである。
 構成は、福音書の順番ではなく、テーマ順である。まず、「かけがえのない人生を大切に生きていますか」の名の下に、サマリア人のたとえから十人のおとめ、見失った羊のたとえやまことのぶどうの木のたとえが続く。次に「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せますか」「驕りや欲にとらわれて心を迷わせていませんか」「本当の幸せと偽りの幸せどちらを選んでいますか」と流れて、最後に「悩み、苦しみに負けることなく生きる希望を抱く道を…」の章でしめくくっている。
 その視点は、どれも斬新である。ありきたりの説明ではなく、著者自身考え抜いたような、それでいて誰の体験にも関与するような日常的な次元の話が展開されていく。難解な、不正な管理人のたとえについては、嘘も方便的な解釈をすることのないような注意を与えておいて、さらに、必死に努力するようにという指示でもない、と釘を刺す。むしろ、この世に同化してはならない。しかしこの世を軽視してよいはずがなく、この世の生活を大切に、忠実に生きるよう求められていることを指摘する。愛の世界の形成を主は求めておられるのである。
 どうしてそれが愛であるのか、という説明が十分になされていないので、この解説もやや難解なものになってしまっているのが惜しい。やはりこのたとえは難解でしかないのだろうか。――私もまた、考えてみた。それは「聖書ウォッチング」の中で記しているとおりであるが、はたして私の説明が的確であるかどうかは、自ら疑問に思う。それでも、私が目指そうとした、人々を愛する方向への眼差しは、この本の視点と同じ側に属するものである。このたとえを私は、終末に至って人を愛することの必要に目覚める話として考察した点である。
 ともあれ、聖書がどうとかいう問題ではなく、誰もがもっている人生、そしてその行く先などを考えるにあたり、大いに知恵を与えてくれる。聖書に少しでも関心があれば、十分楽しめる。そして、人生を変えることになるかもしれない。分かりやすさの点では、白眉と言ってよい。安心して、お薦めできる本である。




Takapan
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