本

『生きぬく力』

ホンとの本

『生きぬく力』
友納徳治
伊都文庫
\762+
2009.12.

 福岡の西、伊都キリスト教会の牧師であった著者。その教会で出版したのではないだろうか。地元のキリスト教書店には並んでいるはず。Amazonだと在庫が殆どないときがあり、その場合には高値がつくことになる。
 表紙には、まるで帯のように印刷してある部分があり、「どう暮らし どう生きるか」と書いてある。そのサブに「〜大切なものを大切にするために〜」とあり、なんだか言いたいことを次々と掲げないと気がすまないような事態を想像してしまう。
 頁の下の方を空けたスタイル。必要な注があれば下に置き、解説が別枠ですぐに見られるように配慮してある。教科書はこうありたいものだ。
 まず「渇き」という谷川俊太郎の詩が置かれる。これは執筆するその頃に見た詩なのだそうだが、たちまち著者の心を捕らえ、冒頭に掲げるものとした。それが自分の生い立ちを思い起こすに相応しい内容だったというのだから、ありきたりに自分を語るのとは違い、読者に一つのテーマを掲げることに成功している。しかしその生い立ちたるもの、涙なくしては読めないようなものがあり、死の床で闘った後に命を拾うような話である。
 次には、アメリカの若いスーパーモデルが自殺したというニュースをもとに、何がそうさせたのだろうかという問いかけから人生に必要な見方を探ろうとしていく。このように、本書は生と死の問題をさまよいながら、著者の目に映った事柄をひとつの素材として、考えを呈していく。普通牧師とあれば、聖書にはこう書いてある、聖書を信じましょうという話なら得意である。なにせ毎週日曜日には講壇でそれを語り続けなければならないし、そのためにはどんな知識も情報も、聖書の言葉を説き明かすために使おうとアンテナを張り巡らせているのが、牧師の習性である。しかし本書ではそのあたりをグッと抑えてある。あるいは、当初から、聖書という前提や基盤を抜きにして、生と死のことを滔々と語ろうと考えていたのかもしれない。それはそれで立派なことだ。
 もちろん、時折、思い出したように、聖書の言葉は登場する。しかし、そこからくどく聖書の言葉の意味を解説して読者に迫るようなふうではない。さわやかな風だけを残して、話は人生で悩み苦しんだ人が、世間を見ながら人生論を語るというように展開していく。
 本書を貫くものを理解するためのひとつの鍵になるベースは、ライフサイクルの図表である。言葉では説明しにくいが、太陽が東から昇り西に沈むまでを、ひとの誕生から死を表しているものとして喩え、人生の時期をおおよそ3つに分けて提示する。しかし、この地上の太陽の軌道のようなコースは、いわば社会的にひとが生活していく中での姿であり、他方地面の下を潜るように描かれている対称的なコースは、霊的な自覚やアイデンティティを表すものとして提示される。この構え方を頼りにしながら、大切にされる人格や霊的な価値というものを想定する、人生の捉え方をしようというものであるようだ。
 江藤淳氏と妻とのエピソードなども混じえ、切ない時間を老いの問題と共に考えつつ、しかし魂の部分ではそれたけに尽きないものがあると理解し、死がすべての終わりではないという方向に目を向けていく。
 その後、ヘンゼルとグレーテルの話が取り上げられ、「共にいる」ということの大切さが説かれるが、それをここで著者に代わって解説しようとは思わない。そこが著者の強く伝えたいことなのであろうから、著者自身の言葉から聞いて戴けたらよいと思う。そして、幸福、希望というものへと目を向けられ、闇でない光を知る生き方へと導かれていく。このあたりは、やはり牧師である。しかし聖書の言葉を信じればそうなる、というふうではなくて、誰でも人生や死について真摯に考えていけばこのようなふうにも見えるのではないか、分かるのではないか、というように同行していくような態度で語られるので、きっと多くの人にとり読みやすいものとなっているのではないだろうか。つまり、押し付けがましいところがない、ということである。
 最後には再び「渇き」という詩に戻る。そして、さりげない形で、聖書のヘブライ書を以て文章が閉じられる。爽やかな読後感である。とはいえ、全体的に暗い話しぶりであることは否めない。それを暗いと思うか、人生を真剣に考えていると思うかも、読者次第てあろう。また、注のために下の方を空けていたが、ここに注が書かれる頁が非常に少ないので、もったいない気がしないでもないが、ゆとりというか、ゆったりとした読み方ができるという点では、それでよかたのではないかと思われる。せせこましく能率だけでレイアウトが決められていたら、人生論もなんだかせかせかしたものに聞こえたかもしれない。ゆったりと、考えつつ、また自分の問題として受け止めつつ、味わうのに適していたように思う。
 昔はこうした本も多かった。最近では珍しいかもしれない。地味な本なので、入手は難しいかもしれないが、価格も実は安いので、文庫本一冊という感覚で、このブックレットを手にとってくだされば、有意義なひとときが得られるのではないかと思われる。いや、ひとときではなく、一生であり、また永遠であるかもしれない、とも思う。




Takapan
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