本

『イキイキ「事務改善」』

ホンとの本

『イキイキ「事務改善」』
藤井美保代
同友館
\1575
2011.3.

 いわゆる業務改善の手法であろう。それを「事務」に絞ったようなタイトルになっている。えてしてこういう類の本は、結局ありきたりの正しいことが書かれているばかりであったり、たまたま著者が自分の体験でうまくいったことを絶賛したりすることで終わりがちである。そこへいくとこの本の著者は、こうした改善のコンサルタントを営んでいるそうで、もっと客観的に、しかし体験的にも裏打ちされたような書きぶりである。
 女性らしい書き方であるようにも見える。項目でばっちり決めるというよりは、見出しも文のように長くなって情緒的な勧めのようなものを感じる。
 ところが本の初めの提案は、早起きである。そういうことはゴマンと勧められているのが日常だ。自分は朝3時半起きを実践して快調なのだそうだ。あいにく、これは読者が真似ようにも現実離れしている。また、具体的に早起きをするための心理的アドバイスや、たとえば朝起きて紅茶を一杯、というようなオシャレな工夫が提案されるわけではない。
 次が TO DO ノート。どうせ勧めてくれるのであれば、タイムテーブルの中に TO DO リストを書いてみるとか、分野別に区分けしたリストをつくるとかいった提案があるとよかったのだが、何の変哲もないただの羅列したリスト。これを前日につくっておこう、というところがオリジナルのようにも見えるが、たとえば私ならば、先々の日付の入った、新潮文庫のマイ・ブックに、先々でもその日にしなければならないことをその日付のページにとにかく書いておくようにしている。これだけで、その時になれば間違いなくするべきことを目にすることになる。必ずしも「前日」に限らない。このほうがリストをつくるのに現実的である。何も、つねに翌日の予定しか分からないで業務にあたっているわけではないからである。
 次が、31日ファイル。あいにく私は使ったことがないが、はたして明確に一日区切りで私たちは業務をしているであろうか。そういう仕事もあるかもしれないが、そうとは限るまい。もし予定が一日延びたとしたら、このファイルだと、一日ずつずれる業務に関する資料を一日ずつ入れ替えていかなければならない。私にすればさして現実的ではない。これならば、野口悠紀雄氏の超整理法による紙袋のほうがよほど実際的であるように思える。
 文書整理、メール送信はまとめて行うと効果的だとも説明が図解でなされている。理屈としてそれは分からないでもない。が、そのときに整理しなければし損なう場合、忘れる場合、メールもそのときに返信しなければならない場合など、現実には自分の思惑でまかなえるものではない。
 そしてデイリープランニングの実例が書かれているが、驚くことに、ここに TO DO 項目がしっかり示されている。では、先ほど推奨した TO DO ノートは何なのだろう。つまりは、するべきことは同じことを別々のノートなり手帳なりに、同じことをまた写していかなければならないということだろうか。朝3時半に起きられない私は、そんな暇はない。さらに少しだけ後のページに、 TO DO 内容を付せんに書いてパソコンモニターに貼っておこう、とある。三度も写すべきらしい。また、よほどこのリストがお好きなのか、帰るときにはまた別のリストを作成し、受話器に貼って帰るのがよいらしいと後に書かれている。そんなにリストをいくつもいくつも作らなくていいから、ひとつのリストに、達成したことを消していく満足感を覚えることくらいは勧めたら如何だろうか。
 細切れ時間を使おうというために付せんをつくるらしいが、その割りには、50分仕事をしたら10分休もう、ともある。
 保留書類BOXのように区別して書類を置いていたらよい、ともいう。しかし三ヶ月見ないものは捨てよ、ともある。それはそれでよい。が、この分類だと、その「三ヶ月」をどこでどのように認識するのか、は書かれていない。謎だ。また、野口氏のような時系列封筒も書かれてあるが、イラストの時系列封筒は、あまりに大きな壁の書類群だ。時系列整理は、個人使用が原則のはず。複数で同じ資料を利用する場合には、いつ使用したかの情報が分からないので、却って混乱する。自分であれば、いつ使用したかはだいたい把握できて利用しやすいのだが、複数で使い回す資料は、共通項目で整理しないと使い物にならない。そうした点には全く触れられていない。
 このように、部分的に見ていればなるほどと思わせるような、正しいことが書かれてあるようなのだが、よくよく実行してみようとすると、つながらない部分や、失敗に陥りやすいことが多々あるように見える。
 また、本の後半については例示することを避けたが、それは、どうもタイトルにある「事務」を逸脱して急に大きな職場環境のような世界に飛び出してきたようなところも気になってのことである。事務かどうか分からないが、終盤ではいきなり社内コミュニケーションの改善という話題が占めるようになり、壁新聞を作ろう、などと可愛いことが書かれている。誰が、いつ作るのだろうか。その製作の時間にも会社は多大なコストをかけている。社内報は時間がかかるが、壁新聞はかからないとお考えのようだ。
 業務には様々な種類があるから、それらを一様に「こうすればいい」とは決められない。コンサルタントであれば、相談してきた職場環境に応じてアドバイスもすることができようが、こうした一般書となると、ばらばらの提案しかできないというのは納得できる。だが、どうにも私はついて行けない。ひとつひとつは尤もなことのようでありながら、実のところ具体的なつながりがイメージできないのである。そこへ行くと、ひとつの職場での実例を詳しくレポートしていくほうが、紹介できる知識は限定されるかもしれないけれども、ポリシーのようなものが読者にも伝わっていく。職場改善とはこういうふうな考え方をいうのだ、と理解できる。それを、教科書的な正論と場当たり的な小手先の方法でどんどん改善されていくのだというような勧められ方をしても、あいにくどうしてよいか分からない。結局どれも使えない。ただ著者のことで分かったのは、TO DO リストを愛しているということだけである。会議録にもすぐにこれを付け加えましょう、と念を押してあった。
 なすべきことを漏らすことなく仕事に穴を開けない、というのは仕事のイロハであって、改善などと呼べるようなものではないのだから、それを殊更に強調するのは、ちょっとレベルが低いのではないだろうか。それに、ミスのリストを悉く職場に張り出せとあるが、果たしてそれは、イキイキした職場の活性化をもたらすのだろうか。小学校でもそんなことはしないだろうと思う。




Takapan
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