本

『「いじめ」をなくす!』

ホンとの本

『「いじめ」をなくす!』
一般社団法人IWA JAPAN
東洋館出版社
\1800+
2019.9.

 頼もしい運動が始まっている。いじめ問題への、真っ向からの挑戦。どこかのおじさんたちが、建前でどうにかせいと言い、世論を気にして朝三暮四で教諭の仕事をただ増やすだけの徒労へと導いているのとはずいぶん赴きが違う。「対処する」のではなく「予防する」のだという。そういうプロジェクトが始まっていた。
 その名も「BE A HERO」プロジェクト。ヒーローになろう、というかけ声は、洒落っ気たっぷりだが、ちゃんとコンセプトがある。Help(助ける)・Empathy(共感する)・Respect(尊重する)・Open-mind(受け入れる)の頭文字を並べたのだという。また、これを統率するスローガンとして、「Be Brave, Be a Hero!!」というように、「勇気を持ってヒーローになろう!」という考え方が出されている。
 いじめを対症的に、また教育行政の看板のように扱おうとするのではなく、一定の研究に基づく科学的なデータを用いつつ、科学というからには、何らかの普遍性が期待できるものとし、起こった事態に合わせて何かをしようというのではなく、起こる前からこうした予防を試みていくということで、いじめを起こさないための教育を、先手を打つようにして実践していくということのようだ。
 具体的な方法や内容については、ぜひ本書をご覧戴きたい。加害者もまた、やめられない状態に陥っており、被害者もこの文化の中では沈黙することになっていく、そして傍観者は何もしないでいて、これらがいじめをエスカレートさせていく環境となっているとするならば、それを断ち切り、あるいは改善する働きがなされることで、良い方向へシフトしていくことが考えられる。その実践もいくつかの学校でなされており、本書の後半はそのレポートで埋められている。教室や学校での、生き生きとした様子が伝わってくるし、現実における問題点や生徒たちの受け容れ方なども見てとれる。
 前半では、このプロジェクトの説明がとにかくまず必要だ。ヒーローになろうということの背後に何があるのか。先の4つの内容が知らされる。
 それから「いじめ」には基本的な構図があることを教える。いじめがなくならない原因を、理論的に告げてくれる。こういう類の提言には、ともすれば実例にこだわることが説得力を増すかのように考える向きもあるが、ここは科学的な見解を提示している。もちろん科学で割り切っていけると楽観するのも禁物だ。だが、言論効果を狙うのはお門違いだし、ましてお役所言葉でお決まりの看板を掲げても何にもならない。いじめとは何か、共通認識をまず掲げることは適切なスタートではないだろうか。
 そしてHEROメソッドと名づけられたこの方法を、どう生かすか、実践するか、どう浸透させていくのか、具体的な方法が提言される。抽象的に聞こえる部分があるかもしれないが、その具多雨的な部分は、本書後半の3つのプロジェクト実践校における報告が十分物語る。私たちは、助けること、共感すること、相手を大切にすること、そして相手を受け入れることを心に刻もう。これは学校の中での「いじめ」に限った対処ではないはずなのだ。そもそも大人社会にいじめがあるから、子どもたちの間でも起こるというふうに考えてはいけないだろうか。会社や組織、町内会においても、いじめのないところはないほどだ。実際体験した者としても、私はそれが嘘でないことを証言できると思う。具合の悪いことに、自分の職場にはいじめがない、と言っている本人が非常に威圧的であったり差別的な発言をしていたりしていて、当人が気づいていないという情況も見たことがある。
 一般社会でなくならないものが、学校社会でなくなるということがあるのだろうか。本書は、それへの挑戦であるとも言える。実にまた具合の悪いことに、本書が発行されたその時、世間を賑わせていた話題と言えば、神戸で4人の教諭が、別の教諭に悪質ないじめを繰り返していたことが表沙汰になったばかりだったのだ。これは皮肉なことでも、揶揄すべきことでもないし、呆れて失望するべきことでもない。つまり「いじめ」は時と場所を選ばず、どこでも起こり得ることであるということを証明したことになる。たとえいじめ撲滅などと言っている学校内にあっても。そう、いじめ問題を解決しましょうなどという政治の世界でこそ、いじめは激しいのではないだろうか。
 さて、本来最初に挙げて然るべきだったかもしれないが、最後に付け加えておく。このプロジェクトの発起人というのが、岩隈久志選手であり、表紙にも顔が出ている。近鉄から楽天へと姿を変えたチームに所属し、MLBではマリナーズでノーヒットノーランも記録した。本書発行時には讀賣に属している。この岩隈選手の賛同のもと、いじめ撲滅のプロジェクトが展開されているというのだ。私も知らなかったが、出版して一カ月半ほど経ったいま、Wikipediaにもこのプロジェクトのことは書かれていない。ほかに研究協力としては、公益社団法人・子どもの発達科学研究所がプログラム作りに参加している。
 よい方向に歯車が回れば、ひとつの重要な運動になりうるものを私は感じる。これまでの無力な対策とは一風変わっているからだ。但し、科学だからと万能視せず、個人個人を大切にする眼差しも大切にしながら、しかし問題が起こる以前から、これを教育として、建前としてではなく、本気で学校全体に浸透したポリシーとして生きて働くようにする必要がある。だがこれは可能だと私は考える。校長が替わってから、ちょっとした方針の提示と徹底によって、学校全体がずいぶんと変わるということは、よくあることだからだ。荒れていた学校が沈静化していくというのは、普通に起こっていることだ。だったら、本気でこうしたプロジェクトを始めることができたら、その効果が現れてもおかしくない。
 後半3つの実録は、小学校・中学校・高等学校とそれぞれの世代に別れて報告されている。教諭の話や、OBの座談会なども載せられている。現場の声も明るい。
 果たして思うように進むのか。このプロジェクト自体にも何か問題があるかもしれない。だが問題が見つかったらそれをまた修正していけばいい。手をこまぬいている間にも、子どもたちは苦しみを抱え、時に命を落としている。やってみずに荒れていくのなら、やってみたらいいと思う。そしてまずは、認知されたらいいと思う。何よりも、子どもたちのために。一人ひとりの命のために。また、心が壊れていくことがないために。




Takapan
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