『「超」英語法』
野口悠紀雄
講談社
\1575
2004.4.
著者は、「超」と名の付くシリーズで有名な野口悠紀雄氏。経済方面の専門家でありながら、情報整理や学習法などで、自分の体験を基に、またその利点も十分考察した上で世間に提案し、よく知られた人である。私もその整理法をオフィスで実行してみたことがある。時間順に配置するというのは、一見乱雑なようでありながら、個人で使うにあたっては、実に理に適ったやり方だと実感した。もちろん、これは集団で用いる場合には適さないことを、本人もちゃんと触れているから、複数で使うときには不便だなどという非難は当たらない。あらゆる情報整理に有効かどうかはさておき、画期的な視点を与えてくれたのは確かであろう。残念ながら、その手帳の方法などは、私には直接適さなかったのである。
だいぶ前の本だが、必要あって図書館で手に取り、開いてみた。今回は英語である。やたら英会話教室がある我が国。中学から十年間学んだとしても、ちっとも喋ることのできない不思議な国。ただ近年、オーラルコミュニケーションが高校で強調されるようになり、いくぶん改善している。しかし、その分、専門的な分野で活用する英語の力が削られていないか、私は懸念している。
さて、この本は、読み進んで実に理路整然と語られていることに感心し、またそれでいて、決してガチガチではなく、体験に基づいたり息抜きのコーナーがあったりして、楽しい読み物となっていることも確かだと感じた。要点は章ごとにまとめられ、考えを総括しやすい。人の思考というものを理解している著者の、的確な配慮である。
実のところ、私はこの本の画期的な、そして実用的なすばらしいところを別に見ている。それは、巻末の索引である。そもそも専門書でもそれがない場合があるのがこの国の不思議なところでもあるのだが、まして実用書では索引など期待薄である。しかし索引がないということは、一読したらもう二度と読まなくてよい、調べるためにまた開くようなことはありえない、ということを露呈しているようなものである。この著者はその点も違う。索引をつくった。しかも、英語学習について、ふと読者に疑問が浮かんだとき、その問題に解決を与えるような記述が、この本のどこに載っているか、を教えてくれるように作られているのだ。たとえば、「単語帳を作って語彙を増やそうと思っているのだが、なかなか覚えられない。どこが悪いのか?」という項目がある。これには、p45,51,230とある。この頁を開くと、著者が一連の記述の中で、この疑問に答えるような内容を記している、という具合である。
これはありがたい。役に立つ。この本を一読して、では実行してみよう、と思い立ったときでも、たしかあのことはこの辺に書いてあったぞ、という程度しか人間は思い出せず、どこだったっけ、と探しているうちに疲れてしまうのがオチである。それがパッと探せるのである。これは、専門書と違い、通常の語彙による索引だと、殆ど不可能な仕事である。
あるいはこの本を読んで理解できたかどうか、のテストとしても使える。つまりこの疑問を見て、それはこうすればよいと書いてあったぞ、と思い出せて言えたら、この本が頭に入っている、ということになるからだ。
肝腎の、英語の方法について紹介してくれという声が聞こえてきそうである。が、それはこの本で直に触れて戴くしか仕方がない。ただひとつの要点として、聞くことの大切さが強調されている。喋ろうとする余り、実のところ聞き取れないことを忘れがちだというのだ。演説でもしない限り、喋るときには、実は相手に助けられるのが通常である。つまり、言おうとすることについては、相手は助けてくれる。しかし、聞くことについては助けてくれないのである。また、英語教育は一般的な英語はそれはそれでよいとして、別に英語で道順を尋ねることが英語を学ぶ目的であるわけでもあるまい。つまりは自分の専門的な分野で英語を使うということについては、またその方面の学びが加えて必要になっていくことになるのである。そして聞くためには、映画だとスラングも多く、むしろテレビドラマのほうが、規制があるのか、英語は洗練されているというアドバイスもあり、なるほどと感じた。このインターネットの時代、わざわざ英会話学校に通ったり、高価なCDを買ったりする必要もない、と説く。これはまるでその手の会社の営業妨害をしているかのようであるが、実際ネットの利用については、私自身、その利点を強烈に理解している。その意味でも、著者の意見に相当賛成できる。ネットで一日中英語放送を垂れ流しにしているだけでも、なんだか少しは違ってくるものなのである。
100%崇拝する必要はないだろうが、英語を学ぶにあたり、大きな視点の変換を与えてくれることには違いない。少し前の出版なので、今入手できるかどうか分からないし、内容も少し前の話題が多いのであるが、まだ今のうちならば、さほど違和感なく読んで受け容れることができる程度の内容だと思う。ただ、学生にとり役立つかというと、そうではない。あくまでもこれは、ひととおり英語を履修してきた、それでいてまた英語を使う必要を感じ、また学ぼうという思いをいま抱いている、大人たちのためのアドバイスである。学生の学習のためには、頁が割かれていない。あるのはただ、教科書を丸暗記せよということくらいである。これも実は私は大賛成である。ただ、著者は、面白みのない教科書よりは、自分の好きな物語や映画などの本を全部暗記すればいい、とも言う。ムツゴロウ先生も、そのように言っていた。その時代の人の感覚なのかもしれないが、私も実のところそのやり方は必要であると感じている。中学生たちに英語を教える機会があるので、なおさら個人的に切実に感じている問題だったのである。