本

『憤死』

ホンとの本

『憤死』
綿矢りさ
河出書房新社
\1200+
2013.3.

 短編集である。最初の「おとな」は、やたら短い。5歳だった自分が記憶している、大人の奇妙な世界を、実質4頁分くらいで描ききる。もしかすると本当の経験ではないか、と思わせるほどのリアリティがある。そしてこの作品は、下の方を大きく空けたレイアウトとなっているので、実のところ量はかなり少ない。
 次は「トイレの懺悔室」であるが、これは語り手が「おれ」、即ち男性である。これは綿矢りさには珍しい。「しょうがの味は熱い」と「自然に、とてもスムーズに」の連作の中で、絃という男性目線で語る場面があるが、これは男女それぞれの立場からの交互の語りであった。今回のように、終始男性が独り語りをする、というのは初めて読んだ。京都の地蔵盆の紹介から始まる。私には馴染みがあるが、それを子どもとして過ごした人の眼差しは、一層リアルである。その場に現れた「親父」と呼ぶことになるおじさん。子どもに声をかけてくる赤の他人である。地蔵盆のことで交わりが始まったこの親父、11,12歳のおれたちに向かって、「洗礼の時期だな」と話す。
 ここから、それがキリスト教の儀式であることなどの説明も加えて、奇妙な出来事が始まる。親父はキリスト教徒ではない。だが、通過儀礼のようなものとして、おまえたちに洗礼を授けるのだという。そして自分は、神父の役割を果たすのだという。そして、ミルク煎餅を聖餅に見立てて口にくわえさせる。こうやって、洗礼の儀式を無事に済ませるが、今度は懺悔をしろということになる。親父の家に連れて行かれ、そこで懺悔の儀式を行う。なんでもいいから罪と思ったことを言え、と、カトリックの告解じみた真似事が行われる。
 その後、高校生になったおれは、あのときの友人と偶然会い、そのゆうすけが、親父とまだ交流があることを知る。親父はその後、弱っていた。さらに、その後同窓会絡みで、またゆうすけと親父の話になり、親父の家を訪ねる。ここからがミステリーであり、ここで明かすわけにはゆかない。
 懺悔というわけではないが、何か内にあるものを誰かに話すということが必要だ、というふうなモチーフは、本書の最後に収められた「人生ゲーム」にも含まれている。これもまた、男目線でひたすら語る物語である。「兄きのいるやつは、ちょっとうらやましい」というように、書き出しの文に綿矢りさの魅力があるのだが、仲良しの三人がコウキの家に集まって遊んでいる場面から始まる。コウキには高校生の兄きがいた。そちらも友だちが集まって騒いでいる。三人が人生ゲームをしていると、その友だちの一人が小学生の三人の前に現れた。茶パツでちょっとカッコいい。彼は三人に、人生はもっと厳しいぞ、などと説教を垂れ、目の前の人生ゲームの何カ所から、ペンで丸印をつける。そして、「おれが丸をつけた場所で、おまえたちは必ず不幸になる。そのときはおれんとこ来い」と言う。相談したら助けてくれるのか。いや、助けことはないという。「でも話を聞いてやる」と彼は言い、消えた。ただ、コウキの兄きは、そんな友だちは知らない、ということで、不思議な出来事なのだったが、いつの間にか忘れていた。
 そこへ、大学生になったとき、三人の一人のナオフミが交通事故に遭う。あの人生ゲームの黒丸の付いた箇所が、まるで予言となったように。
 こうして、おれの人生が、ここから数え上げられてゆくことになるのである。個人的には、物語の展開はだいたい予想がついた。期待を裏切らない流れだったが、人の一生を描くのにこうした手法もあるのかと楽しませてもらった。
 本の題にもなった「憤死」は、最後から2番目に置かれている。本の題は他のでもよかったのではないか、とも思ったが、さすがにこの「憤死」は、インパクトがある。そしてその後は物語の大切な部分でちゃんと出てくる。これも最初の文が絶妙である。「小中学校時代の女友達が、自殺未遂をして入院していると噂に聞いたので、興味本位で見舞いに行くことにした」から始まる。これが実に物語の核心を、過不足なく語り出すこととなっていた。女性目線であり、綿矢りさの本領発揮である。女性の心理をねちねちと描くのがやはり巧い。ちょっとした相手の容貌の描写にも、棘があったり、こちらの心底にあるものを醸し出したりしている。
 その女友達の名は、佳穂。昔彼女はどうであったか、回想のような説明が長く続く。気位が高く孤独な転校生に親切にした佳穂だったが、やがてその子がクラスのメジャーグループに溶けこんでいまうと、佳穂は傷ついた。また別の機会だが、クラスの子たちに非難された佳穂は、突然キレて暴れるようなことをする。確かにそうした幼児性が佳穂にはあった。
 しばらく関係がなかったが、大学生になってから、留学先のアメリカから戻った佳穂から、会おうと連絡が突如くる。会うと、やたら自慢話ばかりする。私はそれが不快だったが、まあ表向きの顔で話を聞き続けた。
 そしていま、入院中の佳穂を見舞った場面に戻る。自殺未遂だということで話が幾らか展開し、心の底で佳穂を嗤う、否、尊敬の情すら湧いていた。この辺りの女性の心理は、怖いものがあった。なるほど、やはり男目線ではなく、女目線で貫いた本作が、この本の題に、やはり一番相応しかったと言えるだろう。ストーリー性には欠けるが、心理的には申し分ない。  いやはや、楽しませてもらった。




Takapan
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