本

『病院で使う言葉がわかる本』

ホンとの本

『病院で使う言葉がわかる本』
中川恵一・蓮岡英明監修
和田ちひろ
実業之日本社
\1575
2010.10.

 これは偏見に過ぎないのだが、この類の題のつく本を、私はあまり信用しないことにしている。いかにも気軽に分かるような口ぶりだが、うすっぺらな週刊誌の特集のように見えて仕方がないのだ。
 だが、この本は開いてみると、そうでないことが分かった。
 病院で聞く説明の言葉は、確かに分かりにくい。いや、言葉を知らない専門用語である場合は、それを患者が知らないからといって恥ずかしくないものだから、理解できるまで質問をすることができる。問題は、世間によく知られていたり、あるいは日常用語的な言葉であったりして、質問をすることが憚られるような場合である。もしくは、勝手に患者のほうで誤解しているという場合もあるはずだ。
 人目を惹くように表紙に並べられた例だけからしても、「安静」と言われたのだがベッドの上で座るくらいいいかな、と思うとたいへんなこともあるとか、「心不全」と言われてもう今すぐ死ぬと言われた気になったとか、「日和見感染」だと言われて、そのうち治るだろうと安心していたらとんでもないとか、ありがちな例が目に入る。
 これが、本の中に入るとさらに驚く。1頁1項目という形でまとめられ、調べやすいし、見やすい。関連事項もなんとか同じ頁に組み込んであるので、カード的にその頁に集中することもできる。大きな見出しの用語の下に、医師と患者との間で交わすことのありうる会話が短く出てきている。私などは素人そのものだから、患者の疑問と同じことをふだん考えている。そのへたをすればコントのような会話で、私は患者側でボケっぱなしであるようだ。
 医学用語も、ニュースやドラマなどを通じて、かなり日常生活に入りこんできている。また、入り込まなければならない面も確かにある。しかし、それが正確に理解されているのかどうか、それはきわめて怪しいと言わざるをえない。もはや「専門医」という意味さえ、私たちは知らないことが多いのだ。「重篤」と言われて危篤と理解するようなことは、当然いくらでもあることではないだろうか。
 医師も、かつて医学生であったころには、それらを新鮮な思いで驚き、また覚えていったことだろう。しかしその専門用語を、医師にとっての日常である医療現場で使い続けるにつれ、それを誰もが知っているかのように思ってしまう可能性は十分にある。教育機関でないかぎりは、相手がどう理解しているか、どう理解させていけばよいのかなど、あまり気にしないのが通例であるからだ。医学のみならず、どこの現場でもあることなのだ。
 ただ、医師と患者との関係となると、ずばり命の問題である。伝達されていない、意味が通じていない、ということでは済まされない事態が生じる。コミュニケーションができていないというわけにはゆかないことなのだ。
 医師が「予後がよくない」と呟いたのを聞いたとき、患者は、絶望的な思いに満たされるかもしれない。できればそういう誤解を招くような表現を、医師が患者に対して使わないようにして戴きたい。が、やはりそれはすべてにわたっては無理なことだ。医学用語を使わないことには医師も判断できないし、説明できないことがあるだろう。
 患者が、この本を手に、分からなかったことを調べるということもできると思う。その意味では、A5の今よりもっと小さな版にしてもらうとよかった。しかし、そうなると文字が小さくなりすぎるだろう。私たちは、この大きさの本を家に置いていて、何かあったら調べて誤解をなくすこと、できればふだんからちらちら開いて学んでおくこと、そういう努力をするとよいと思う。そして、医療機関では、知ったかぶりや曖昧な知識で対応せずに、正確な意味を医師に逐一尋ねていけばよい。尋ねると面倒をかけるとか、こんなことも知らないのは恥ずかしいとか、そういう思いを患者側も捨てないと、自分の命に関わることについてとんでもない誤解をしてしまうかもしれない。
 その意味では、私も優秀な患者である。しつこいと医師や看護師に思わせない程度に、きっちり尋ねることにしているからだ。
 学びのためにも、実によくできた本だと感じる。これは役に立つ。




Takapan
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