本

『京都の歩き方』

ホンとの本

『京都の歩き方』
澤田瞳子
新潮選書
\1600+
2025.3.

 文章が巧い。作家である。しかし本来、歴史研究をし、博物館に勤務していたこともある。同志社大学で時に教授もしているというから、京都の歴史にどっぷりと浸かっている方だと分かる。
 それにしても、「歴史小説家50の視点」というサブタイトルは、その言葉以上に、深く、鋭い。そして、楽しい。
 私は、曲がりなりにも、しばらくの間京都で暮らしたことがある。九州生まれの、完全に田舎者に過ぎないのであるが、出会う人々からは、よくして戴いた。そして、京都の風を受け、香りを経験した。京都に住む者は、観光地を巡らないとも言われるが、私はある意味でよそ者であるから、できるだけあちこちを訪ねることにした。貧乏学生であったが、贅沢をしなければ、各地を訪れることは不可能ではなかった。  本書で言及されている土地や建物についても、幾らかは直接知っている。また、物品についても、思い入れのあることがあるし、聞けばそれがどういうものかは感じ取ることができる。ある種の懐かしさというものを覚えるものである。
 その意味で、実に楽しかった。それを一つひとつ挙げると際限ないことになる。そこで、ここでは二つの点だけについて言及しようかと思う。
 一つは、同志社大学の話題である。新島襄により始められた大学だが、「外国の宗教に基づく学校が置かれるとなれば、反発されて当然だ」という情況を伝えると、京都の僧侶たちが、そんなものに役所が許可を出すはずがないと高をくくっていたところ、認可が出たため、反発が酷かったというのだ。キリスト教徒の演説会では殴り合いの喧嘩まで起きたそうだが、著者は次のように意見を述べる。
 「日本人はよく、宗教の違いに寛容だと言われる。だが現実の事件を知ると、それは机上の空論ではと思わずにはいられない。」
 著者はどちらかというと、仏閣などの歴史の側に立っている。だがそれでも、この宗教観というものについては、公平な眼差しで、日本の風土を見つめているように見えるのだ。そして、そもそも仏教もまた、外来の宗教であったことを、歴史として正しく説明するのだった。
 新島襄に関しては、八重についても言及しており、大河ドラマの「八重の桜」にも触れている。紫式部の話題のときには当然「光る君へ」についても語っており、当然あの道長との関係は架空のものであるのだが、「楽しくだまされない」と喜んでいる。これこそが、寛容というものだろうと私は感じた。
 もう一つ、ここで示しておきたいのは、京都のスイーツについてである。「京都」と「スイーツ」という言葉の取り合わせそのものがユーモアであると思うが、著者は、「水無月」を挙げる。私には殆ど縁のない和菓子だが、その京都人の扱いについては聞き知っている。
 しかしそれに先立ち、「京都土産」ということで、八ッ橋についての欄が興味を引く。「生八ッ橋」の歴史は1960年代からであるという。もちろん堅い元来の八ッ橋についても私は知る者だが、これが日露戦争のときに旅順の兵に、真言宗の布教師により届けられていた、という報道がここに記されている。こうしたことは、なかなか知ることのできないエピソードだと言えよう。もちろん、戦地に八ッ橋が届けられるというのは、このときばかりではなかったということで、日持ちのする、運送に耐えるものであったかということが強調されている。
 魅力ある話は、拾えばきりがない。平安時代の酒についてでも、石川五右衛門の話についてでも、聞いていて厭きない。語り口の巧さも際立っている。
 さらに、本書が季節毎に区切られ、まず秋から始まっているのも趣がある。たぶん週刊誌に秋から一年間連載されていた記事だから、というのが素朴な理由であるのだろうが、京都の秋から冬は、ことさらに美しいと思うのだ。もちろん、ここに触れられていない話も多々あるわけだが、それはそれで、読者が京都を体験して、直に続きを綴ってゆけばよいのではないか、と思う。それぞれの人に、それぞれの「京都の歩き方」があってよいわけだ。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります