『方言漢字事典』
笹原宏之
研究社
\2700+
2023.10.
そもそも「方言漢字」という語について、知らなかった。ふとしたことで耳にしたが、どうやら笹原宏之氏が使っている言葉のようで、何冊かその語を使う本があった。読み物とて面白いのもあるのだが、今回図書館で借りたのは、「事典」である。「辞典」ではないらしい。言葉というよりは、事柄なのだ。
方言というからには、特定の地域でのみ使われるという意味であろう。いわばその土地の人が昔どこかでつくった漢字なのだ。確かに漢字は、既成の漢字を組み合わせて、新しい意味を一文字で表すこともできる。素人でも、おもしろ漢字をこしらえることは可能だし、大喜利のお題にもなりそうである。がともかく、その村で認められて村の土地を表すために用いられることが公的になされたならば、それがいつしか伝えられて、ついに戸籍問題にまで及んでくることになる。その地域に限るかもしれないが、立派に市民権を得るのである。
本書は、そういう漢字を、漢和辞典のように見出しに漢字を掲げて解説する。しかし考えてみれば、標準語のように、公的に認められて日本全国で通用する漢字とは何だろう。しょせん、国やお役所が決めたものに過ぎないのではないだろうか。中国から伝わった漢字ではあるが、日本人がアレンジして、中国に逆輸入されたのもあるなどと聞く。日本国内でそれぞれに国字が生まれたとて、不思議なことではあるまい。
読みの五十音順に漢字が置かれているが、面白いのが、部首に画数に読み、その次の情報が、JIS水準なのだ。デジタル情報として漢字が登録されているが、こうした地域にしか通用しないような方言漢字とて、デジタル出力が必要になってくるのだ。特に地名の場合、どうしてもJISの、第二水準でも第三水準でもいいから、コード化されなければならない。
地名に用いられることが多い。必ずしもある一箇所だけ、というわけではなく、何々県と何々県で、のように、少々離れた地域が並べられることがあるのはどうしてだろう。昔にも人の移動が何かしらあったことを思わせるではないか。
しかし考えてみれば、小学生にも書かせている県名の漢字のうち、幾つかはこの方言漢字の部類に入っている。本書で見かけたのは、埼玉、岐阜、愛媛、栃木などは、本書に掲載された文字を含む県名である。湘南、四條畷など、知る地域の名前にも、方言漢字に入れられた漢字が使われていることを知る。当たり前のように使っていたのだが、考えてみれば他に使い道のないような漢字である。
それぞれの方言漢字が、どこでどのように地名となっているか、というのは大事な説明だが、いろいろ歴史の中からもその出典が調べられており、詳しく説明されている。今回全部目を通した私だが、さすがにこの歴史や知らない土地の地名などには、十分に読んだとは言えないかもしれない。だが、すべての頁をめくったし、一つひとつの文字に驚きながら楽しんで最後まで見た。
巻末には、音訓索引と部首別索引、総画索引というように、漢和辞典と同質のものを作ろうとする意気込みのようなものを感じる。「主要参考・引用文献」が20頁ほど様々な資料が所狭しと並べられているのは、よほどの研究者でなければ読みこなせるものではないと思うが、よく見ると、地域の風土記のような資料も名を連ねており、案外その手のものが一番多いかもしれない。
妻の実家のある地域や、私のいま済む地域に近い場所でのみ使われる漢字も見つかり、読んでいてハッとさせられることもあった。それにしても、これだけよく調べたものだと思う。現地のバス停などにその漢字がちゃんとあるということを示す写真もときどき見た。提供者の名前が巻末に示されていた。
福岡で「興梠」という姓の同級生がいた。「こうろぎ」と読む。それについても、本書で裏付けが取られた。
ところどころ、お遊びのように、やたら画数の多い漢字の話があるし、それはもはやJIS水準には全く入っていない様子だった。漢字のおもしろ事典のようでもあり、興味は尽きない。なお、辞書用の薄い紙が使われておらず、いわば普通の本の装丁である。さすがにこれを事典として常用するような人はめったにいないのだろう。これはひとつの本であり、資料集なのである。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド