本

『ホタル紀行』

ホンとの本

『ホタル紀行』
石井幹夫
海鳥社
\1680
2011.6.

 福岡近郊編とある。発行も福岡地元の出版社である。
 本そのものは比較的薄く見えるが、これは写真集と言ってよい。ホタルが幻想的に撮影されている。幻想的というのは、これは合成写真であるからだ。いや、合成であるといっても、CGという意味ではない。撮影した画像を重ねてひとつにまとめ、様々なホタルを、たとえば比較的明るいその場所の画像の中に加えているのだ。そうしないと、ホタルの写真は、どこで撮影しても、真っ暗の中にただ黄緑色の光があるだけということになってしまう。鑑賞する私たちには、その場所の説明が必要なのだ。
 たとえば表紙の写真からしてそうである。渓谷のような川の緩やかな流れも、スローシャッターで撮ると水の流れが、絵に描いたように表現される。その上空に、黄色ないし黄緑色の光が、なんだか人魂のように、あるいは流れ星のように、数えきれないほど舞っている。ぽつんと点のようなままで群生しているところもあれば、かなりのスピードで流れているものもある。
 こうした写真をどのようにして撮影するのか、実は著者はこの本の最後に公開している。写真に興味のある方は大いに参考になることだろう。今やコンピュータによる画像加工技術があるので、素人でも比較的簡単にそれは可能だ。とはいえ、それは空想であるともいえない。たしかに私たちの心象としては、この写真のように、ホタルは風景の中で飛んでいるのだ。このあたり、評価は分かれるかもしれないが、私は好きだ。
 さて、福岡のホタルは、各地でもちろん見られるはずだ。たしかに街の中ではどうかとも思われるが、少し郊外に出れば、いくらかは飛んでいる。もしかすると、かなりの街の中でも、水草がありカワニナが生息しうるところであれば、ホタルも少しはいるかもしれない。それはそれで地元の方が鑑賞するのによいと思うが、ここでは、より多く見られる隠れた場所が紹介されている。
 が、それでいい気になる著者であれば、カメラマン失格である。この本には、最初にかたくお灸が据えてある。ホタルをどう扱ったらよいのか、知識のない人に、きっちり教育するところからスタートしている。自然豊かな環境を守るための注意である。ゴミを捨てるな、という当たり前のことも記されている。草の上のホタルに手出しをしてはならないこと、それは蛇の危険があることも告げるとともに、捕獲の問題もあることを知らせている。また、そもそもホタルの光は何のためにあるのか、を教えている。それはホタル同士のコミュニケーションの手段である。映画館でフラッシュ撮影を皆がすれば映画が見られないのと同様に、そこで懐中電灯や携帯電話の光をそこにもたらすことは、ホタルの活動を妨害することになる。必要があっても最小限に抑えるよう、きつく書かれている。もちろん、フラッシュで撮影してもホタルの光は映らないという当たり前のことさえ知らない人がいるかもしれないから、そこまで書かれている。情けないほどの知識ではあるが、世の中にはそういう人もいるのは事実であろう。
 というように、きつい言い方をしたが、著者は実にソフトに注意を書いている。私の気持ちが厳しくここに書かせたのだ。こうした最低限のマナーさえ、知らない輩がいるからだ。それは、日頃の電車の中を見れば明らかである。電車の中でそういうふうである人間が、この本を見てホタルを見に行ったときに何をするかは、大体分かろうというものだ。
 しかし、ホタルを愛することのできる人も世の中には当然いる。それぞれの場所の詳しい案内もあり、またそこで出会った人との交流も短く記されている。さらに、時折ホタルについての大切な知識も紹介される。一生ホタルは光っているのだということなど、私は知らなかったので驚いた。また、ホタル鑑賞にはどういう気候のときがよいのか、も書かれている。実にすばらしいホタル鑑賞ガイドである。
 福岡県から大分県にかけての25個所がここに取り上げられている。しかし、現地に行くのが難しい遠方の人も、この本は見る価値がある。美しい本である。写真だけでなく、ホタルを愛する著者の心配りが、美しいのである。




Takapan
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