本

『ほめ方・しかり方の極意』

ホンとの本

『ほめ方・しかり方の極意』
東ちひろ/
明治図書
\2060+
2012.3.

 教育カウンセラーとしての著者は、小学校の現場を経験し、中学校の相談員をはじめ、様々な立場での教育相談に携わってきた、いわば実体験の伴う評論家であり、活動家でもある。その現場での体験を踏まえた実例に富むこの本の示唆は、まことにリアリティがある。自分の理想論や思惑で耳によく響くきれい事を書いたわけではないのである。
 ケーススタディは実際的で、ありがちなものが多数挙げられている。もちろん、対応がすべてマニュアル通りになるとは限らないものではあるが、典型的な対応は参考になるのと、対応のキーワードがしっかり見せられているのと、まずこの点から入る、という入口が伝えられていることで、活用範囲は広まると思われる。また、そのときの保護者の心理、子どもの目線というものが意識された形で、教師側の言葉が選ばれているというところが非常に優れている。さすが、現場で長きにわたり対応してきた方によるアドバイスであると肯くばかりである。
 現場で出会ったトラブルや悩みという形で、教師の質問がベースになっているので、様々なケースが検討されており、その中に、著者の描く原則的な対応が普遍的に活きていることが感じられる構成になっている。これは読む側としても、読みやすい。要するにこういうイズムが必要なのだ、という点が理解しやすいのである。
 細かなアドバイスを続けるあまり、説明が冗長になっている点は否めない。可能であれば、プレゼンテーション並に、簡潔に見せる図版があってもよかったかもしれない。時折挟まれるイラストが、その要点を簡潔に示してあってよかったと思う。これがもっと多くにわたり提供されていれば、何かあったときに「見返す」助けになる。つまり、このようなタイプの本は、一度読んで終わり、とするのではなく、また何か問題が起こったときに、なんだったっけ、と見直してぜひ調べたいものなのである。そのとき、簡潔な図版は、それを見ただけで思い出しやすく、どこに書いてあったのかを探す必要もなくなる。目に入る、という意味で、要点の書き出しは大いに助けになる。もしこの本をさらに使いやすくする方法があるとすれば、この点ではないかと思われる。
 しかる必要は、確かにある。だが現代は、それが難しい時代である。教師も大変なのだ。叱ったというだけで、親からクレームが来る。これを宥めるのがまた困難である。小学生への発言は、親への発言なのだというのは、現場の常識である。教師がその子に向けて放った言葉は、そのまま親に届くからだ。いや、実のところ「そのまま」ではない。教師の発言が、その子の解釈を通して親に伝えられる。その子は保身の本能により、自分に都合の悪い点がスルーされ、ただ先生が怒鳴ったとか、怖かったとか、きつく言われたという点だけが伝えられる。これは明らかにフェアではないが、事実はそうである。親に気を遣うのと同様に、子どもにも気を遣わなければならないというのは、教育のあり方からすれば歪んでいるとも言える。
 さらに、その親というのがまたよくない。授業参観でも、子どもは静かに授業に参加していても、来た親どうしがぺちゃくちゃ喋って45分が終わるというのが実情である。何も聞いていない親の子が、先生の授業を聞けているというほうが、奇蹟のようなものである。こうした親が、自分の子が何か言われたという点になると、過剰に反応するのであるから、教師の苦労が偲ばれる。ただでさえ、教材研究やレポートなどで業務に追われ、持ち帰りの業務が多々あり過労状態にある教師が、こうした親の対応に苦慮するとなると、本当にお辛いことだろうと案ずる。このような親と無用なトラブルを起こさないというための知恵もこの本にあるわけだが、教育されていない親をかわすのはやむを得ないとはいえ、いったい、その子への教育がこれでよいのかという心配が、ないわけではない。子どもは叱られない王様のように育っていく。親もそのように、あなたは何もしなくていい、あなたは正しいのだ、で毎日洗脳するとなると、将来世の中はどうなっていくのか、私としては気が重くなる。
 もとより、子どもの人格は尊重しなければならない。概ね、子どもを大切に扱うことについては私も同感である。だが、子どもを、苦労のない王様にしてはならない。この本が、「ほめ方」で終わらず、「しかり方」を表紙に掲げているのは、その点良かったと思う。それでも、内容的には、ほめることが多いように傾いているのも確かであるが、「叱り、諭す」能力が、教師には問われていると私は考えている。それはやはり「怒る」ことではない。ここが実は難しい。その意味で、本書が、56の項目のうち、「叱る」ものが6つしかなかったことは、タイトルからして、物足りないと思う。「ほめる」ことは大切であるし、そのコツも述べて伝えるのに労力が必要なことは分かる。だが、「叱る」が一割しかないというのは、タイトルの良さを満たしているとは言えない。ここだけが、次の期待につながるところではないかと考えている。




Takapan
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