本

『抱きしめて』

ホンとの本

『抱きしめて』
釘宮誠司
日本医療企画
\1575
2005.9

「子どもたちの叫びが聞こえますか?」のサブタイトルとともに、精神科医が、自分の体験をもとに綴る、子どもたちの様々な実例に即応した回答。温かな眼差しに包まれ、そこから立ち直っていく子どもたちの姿が想像される。
 理論めいたことよりも、経験を重視するその姿勢は、ひとつの味わいであろうし、そうなるともはや治療云々というよりも、ただ人間の出会いとして成立している場のように見えないこともない。
 そこで、微妙な問題が起こってくる。
 知性と感性の発達バランスというものが、著者のモットーであるわけだが、96頁のその発達カーブというものの、出典が分からないのだ。これはひとつの理論であろうから、いくら経験重視とは言っても、この本の主張のすべてを担う理論の表であるから、せめて出典くらい明記してほしかった。
 感性を大切にするという著者の強い主張の数々を支える理論が、「右脳・左脳」の峻別にあることも、気になる。何の検証も研究結果の指示もなしに、いきなり「右脳・左脳」の通俗的な理解が正しいという前提で説明を重ねていく手法は、どうなのだろうかと訝しむ。脳がそれほど明確に右と左で別々のものであるのだろうか。
 自分の説明を分かりやすくするためには、どうしても何らかの理論を必要とするが、その理論を自分の都合のよいように変えてしまうとなると、問題だ。
 子どもたちが立ち直るために、著者が様々な尽力をしていることはすばらしい。だが、終わりのほうのQ&Aでも、あまりにも断定の強い箇所があった。また、自分の血尿をくり返して述べるのもくどく聞こえる。自分や兄弟が未成年のときにやった悪い行為を記述するのは、カウンセリングの相手にはよい話なのだが、本として著すと不快に見えることがあるのも、不思議なことだと思う。つまり、その相手にはぴったり当てはまった話も、一般的な書き方をするときには、そうではなくなる場合があるということである。
 とくに、せっかくよいことが書かれてある流れの中で、115頁に入ると、どう読んでも「万引きの勧め」になってしまっているので、読む側は注意をしなければならない。
 文章を書くというのは、難しいことだと思う。私も、この著者のようなことをやっているに違いないことを、切に覚える。




Takapan
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