本

『人は生きるために生まれてきたのだから』

ホンとの本

『人は生きるために生まれてきたのだから』
大石邦子
講談社
\1,600
2003.7

 二十代前半、通勤途中のバス事故で半身麻痺となり、不治の宣告を受ける。若い女性がどんな気持ちになるか、いや、若くなくとも、女性でなくとも、どうなるか想像に難くない。いやいや、想像することなどできない。
 上品な文章によって淡々と語られるその言葉の、なんと重いことか。そして、なんと瑞々しく、爽やかなことか。
 思わず襟を正したくなるそのエッセイの集まりが、ここにある。すでに同様の本が何冊も出ているが、私は個人的にそれに触れたことがなかった。私がとやかく述べる資格もないし、代弁できるような人間でもありえないと思う。どうぞこの本の、生の言葉に触れて、生きる真実を共に感じていただけたら、と願う。
 とくにカトリックの洗礼を受けて、聖書を信じる中で広い心を与えられていく過程を目撃すると、美しい流れの川を見ているような思いに駆られる。
 作者の祈りは、あとがきのような部分にある次の言葉に凝縮される。
「どんなときにも、希望を失わずに生きてもらいたい。大丈夫、生きられるからと、心からの愛をこめて、語りかけたいと思った。それが、お母さん方の祈りであり、お父さん方の願いであるとも思うから……。」
 決して派手な叫びがあるわけでもなく、恨み辛みを語るわけでもない。静かに綴られる言葉を聞いて、言葉にはこんなに力があるものかと驚く。どんなテクニックもいらない。一つの事実がここにある。生きることをこんなにも喜んでいる魂があるのだという、素朴で重大な事実が。
 読む者は、生きようという気持ちになる。苦しい立場、つらい仕打ちに喘いでいても、なんとかなると思えるようになる。つまらないいじけ心にさよならできるだけでも、この本を読む価値は大きい。
 エッセイの収録のところは、一読して意味を解しかねる部分がないこともないが、概ね、すぐに分かりやすい文章である。それでいて、余韻を想像する心がなければ、何のことだか理解できずに読み飛ばすところがあるかもしれないような、含蓄のある表現も多々ある。
 すぐに読める。すぐに読み終えることができるが、体験としてはそう簡単に共有できるものではないものがある。それでも、読むことをお勧めする。読了後、見える風景が変わってくるから……。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります