本

『ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語』

ホンとの本

『ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語』
頭木弘樹(編集)
毎日新聞出版
\1760+
2021.2.

 ただし、私はkindle版で読んだ。
 ここに集められているのは、幾人かの作家の、言うなればやはりひきこもった状態を描いた物語である。後から知ったが、著者は二十歳のときに難病を患い、13年間闘病生活に苦しんだという。絶望があっただろう。だがカフカに出会い、文学の力、言葉の力で生き続けることができた。これを、現代「ひきこもり」という形でそれに近いような境遇にある人々に贈る、というとまた語弊があるだろうが、何か力になれるかもしれないという思いもあってか、物語集ができた。長短様々だから、読み応えのあるものが並んでいる。それも、様々に。
 すでに紹介されているから、内容一覧をただ引用してみる。
◎萩原朔太郎「死なない蛸」/◎フランツ・カフカ「ひきこもり名言集」/◎立石憲利「桃太郎――岡山県新見市」/◎星新一「凍った時間」/◎エドガー・アラン・ポー「赤い死の仮面」/◎萩原朔太郎「病床生活からの一発見」/◎梶尾真治「フランケンシュタインの方程式」/◎宇野浩二「屋根裏の法学士」/◎ハン・ガン「私の女の実」/◎ロバート・シェクリイ「静かな水のほとりで」/◎萩尾望都「スロー・ダウン」/◎頭木弘樹「ひきこもらなかったせいで、ひどいめにあう話」(上田秋成「吉備津の釜」)/あとがきと作品解説
 たぶん統一感やつながりといったものはない。しかし、なんだか不思議なように、読むこちらの心が開かれていく。どれも閉じたような話ばかりなのに、あるいは閉じられた中での物語であるのに、それではいけないよ、と呟いたり、たしかにそれは分かるよ、と思わず声が出たりして、物語を堪能できるのだ。
 私はひきこもりではない。だが、精神的にそのようであったことがあるとも言える。社交的だとは言えないが、社交は怠らなかった。こもっていたわけではない。だが、こもるということは、心理的には分かるものがある。本当に分からないのは、こもった故に、肉体的な困難に陥るところだ。そこまでの経験は、私にはないのだ。
 本書は、そのような現象や苦難を、なにも解明しようというものではない。ただ、物語を提供するのだ。だがそこに意味があるということを、ようやく私は分かるようになってきた。物語は、人を癒すことができる。そのメカニズムはどうだこうだなどと垂れるつもりもない。語ること、それを聞くことによりその語りが何らかの現実となるか、または新たな現実をつくりだす。言葉が出来事となる可能性がそこにある。神で言えば想像の業だ。神の言葉はすでに存在そのものである。人の言葉はそこまではできない。しかし、人の言葉もまた、人を癒すことは、ありうるのだ。
 本書は終わりのほうで、かなり長い「あとがき」がある。そこには、「作品解説」も含まれており、味わいどころや背景を、それぞれの作品について触れる。これも一つひとつがかなり詳しい。但し、文学作品は、誰がどう読もうと構わないのであって、この人の捉え方に左右される必要はないということを断っている。ひきこもりの人が実際にこれを読んだとしたら、これは歓迎する宣言ではないだろうかと想像してみる。画一的な型に自分を当てはめることがどうしてもできないで、他人の枠の中で扱われたくないという気持ちがあるのだとしたら、このような読み方の指南に、学ぶところがあるのではないだろうか。
 しかし、共感する思いも当然あるのであって、たとえば私は、「スロー・ダウン」における「手」の扱いに、解説の良さを強く覚えた。「手」は、すでに伊藤亜紗氏の『手の倫理』によって、注目すべきものがあること、まだまだその中に探究すべきものが隠れていることを学んだ。それは美学や哲学の眼差しであったが、今回は文学である。しかも、死と絶望から文学により生き返ったような人の証言を含む解説である。入院生活の中で、「手」に特別な意味を感じるようになったという言葉は、十分信用に値すると私は考えている。
 こうして編まれたアンソロジーとしての本書だが、もちろん著作権その他のことについては承諾済みであり、誰でも気軽にこのような真似ができるのではない。だがこうして集めてきたものだけでも、価値ある本となるものだということも、改めて教えられたような気がした。但し、カフカの名言集については、編者が実際救われた作家であるために、これまでもカフカの言葉を取り出したものを著してもいる。自ら訳してもいるわけだから、苦労せず集めただけの本などではない。一つひとつに思い入れがあり、自分の苦難に寄り添った精神がそこに満ちている。ひとの命に関わるような物語たちに、とやかく言う筋合いはないはずである。
 ひきこもろうがどうしようが、文学に関心がある人であるならば、本書は心をくすぐり、また心を癒すようなものを含んでいる、と声を揃えて話すのではないだろうか。




Takapan
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