本

『ヒイラギ荘の小さな恋』

ホンとの本

『ヒイラギ荘の小さな恋』
ディケンズ
金原瑞人訳・ヨシタケシンスケ絵
理論社\1300+
2018.10.

 ヨシタケシンスケ氏の絵が人気である。表紙だけ、というものもある。売れ行きが違うだろうと思う。本シリーズもその路線の中にある。むしろその嚆矢ではないか。
 このシリーズの中でも、表紙がなんともほのぼのしている。それはタイトルの物語のものだから、「小さな恋」の言葉と、男の子と女の子が仲良く一冊の本を開いている絵とが、実にあたたかく心の中に溶け込んでいくような気持ちになる。胸の奥をくすぐるような気がするのだ。
 これはショートセレクションというシリーズであるから、短編集である。ふりがなも付き、小学生からでも読めるようにできている。但し、小学生が読むには少し恐ろしいものもあるので、必ずしもすべてをお薦めしたいわけではない。
 ディケンズは、いくつもの名作を遺している。それどころか、訳者に言わせると、これぞイギリスの作家だ、という、顔のような存在なのだそうである。そして、イギリス人はミステリー、あるいは怪談のようなものがお好きなのだそうだ。確かに、歴史上輝く有名な幽霊話は、イギリスのものが多い。ディケンズの「クリスマス・キャロル」も幽霊が登場する。ただそれが、身の毛もよだつような怖さであるのかどうかは、また文化的な背景によって異なるだろう。円山応挙が世に広めたことになっているという、足のない幽霊は、日本文化の中での恐ろしさを心にこびりつかせている。
 本書にも、よく知られたミステリー「信号手の話」がまず載っている。確かにその場面に身を置くと怖いのだが、どうしたのだろう、震えがくるほどの怖さを覚えない。当時の人々には、これが第一級の怖さだったのだろうか。それとも現代の私たちが、ホラー映画などの影響で、不感症になってしまったのだろうか。
 少し長い作品もあるが、犯罪者となった話、悪党の死、墓掘り人の奇妙な体験など、やはりよく見るとみんな、ちょっと怖い話になっている。最後の黒いヴェールの謎の女の話も、怖いと言えば怖い。ただ、少しばかり人情味があって救いがあるような気がするのは、本書の最後を飾るのにはよかったか。
 小さな恋の物語は、その当人たちではなく、それを見守る庭師の独り語りで進んでいく。庭師が目撃し、関わっていく、二人の恋の物語。ちょっとおませで、だが世間知らずの中で、八歳の男の子が七歳の女の子と、こんなことまでするのかどうか、それは当時の文化、イギリスの文化という中で理解しないと、私にはピンとこないものであったが、待てよ、と思い当たったことがあった。映画『小さな恋のメロディ』である。少年ダニエルが、少女メロディに一目惚れし、近づいていく。そして仲間たちに助けられつつ、駆け落ちをして終わるのだ。舞台も同じイギリスである。映画の原作者のアラン・パーカーが、ディケンズを知らないはずがない。モチーフのひとつになったとしても、おかしくはないのではないか。もちろん、私の単なる思いつきからなる想像ではあるけれども。




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