本

『被害者の親と呼ばれないために 加害者の親と呼ばせないために』

ホンとの本

『被害者の親と呼ばれないために 加害者の親と呼ばせないために』
高橋栄子・浅利眞
金の星社
\1470
2004.8

 子どもが事件に巻き込まれたり狙われたりする報道が目立つ。そこから不安を抱えた人が、ではどうしたらそんなことが起こらずに住むか、考え、またネットで意見を集め、編集したものである。
 子どもの登下校や学校内での安全が、中心テーマである。そのため、子どもを身近な事故から守るとか、インターネットのセキュリティとかいう問題も、この本では触れられていない。学校で襲われた、あの池田小学校の事件がやけに心にしがみつくようになったための執筆となっている。
 テーマを絞ったために、本の主張は極めて分かりやすいものとなった反面、全体でやけに同じことばかり繰り返される退屈さのようなものも与えてしまっている。
 主旨は、学校の安全対策の不十分さと、地域での結束した子どもを守る運動、といったあたりに集約される。学校や登下校での安全をはじめ、誘拐や襲撃といったことを想定する、さまざまな親の不安に対する意見の統一が図られている。
 私も同様の心配をする親の一人としての率直な意見だが、この本には、「絶対子どもを守る」という前提が潜んでいる。だがこのようなリスクについて、「絶対」ということはない。子どもを庇護する眼差しは理解できるけれども、いくつかの凶悪な事件報道を受けて、なんとかしなければ、と焦っている姿が、この本の動機であり全容であるといってよいのではないだろうか。
 絶対に守るということは、人間にはできない。さらにいえば、子どもを守ってやらなければ、というその「親」の安全はどうなのだろうか。自らはその危険という概念の外に常に置きながら、なんとか子どもを守らねば、という焦りばかりが突き動かしているだけのように思えてならない。
 私たちの日常にも、絶対安全というものは存在しない。危険を避ける知恵を子どもたちに教えることの必要性は、この本にも説いてある。だが、それを「どのように」教えればよいのかについての具体的な指示はない。「子どもの判断力を高める」とか「日頃からの教育」とかアドバイスされるが、「手口を具体的に教えてあげてください」と言われても、口で説明するのが「教える」ことではない。知らないよりは知っていたほうがよいが、判断できるような子どもに育てるためには、実に苦労が必要となってくる。
 神経質に細かなことを心配する様子が、時に滑稽に思えてしまうのは、私だけだろうか。小さな犯罪を放置すると大きな犯罪となることを意味する「割れ窓理論」をほとんど唯一の根拠として、この本は動いているが、はたしてそこで主張される、「わずかな傾向」を見破る眼差しを私たちがもっているのかどうか。いや、「もっていてよいのかどうか」、私には分からない。
 私が夜遅く帰宅する仕事をしていれば、私は深夜にうろうろする怪しげな人物となりかねない。子どもに声をかける大人が怪しいなら、私は街でもよくやっている。私は「割れ窓」なのだろうか。
 著者は、23頁でこんなことを書いている。「長女が小学校1年生になり、初めて1人で下校する日、無事帰宅できるかどうか心配で仕事を休み、通学路を自転車で何度もうろうろしたことがあります。」
 心配な気持ちは分かる。この心配性ぶりを周囲は笑ったというが、「今なら当時の私を笑う人はそういないでしょう」と書いている。笑うどころではない。これでは、この人自身が、完全に「不審者」ではないか。通学路を自転車で何度もうろうろするという自分の行動が、傍から見ればまさに「不審」であることに、気づいていないのである。
 この人の主張する、地域連携や通報システムを適用すれば、この人自身が通報されたであろう。
 たいへん良心的な提案を揶揄するつもりはないが、絶対安全を叫ぶよりは、どこが要所なのかを見逃さない判断力を、子どもではなく、大人が身に着けるようにしていくことを、真剣に考えたほうがいい。事情があるにせよ、子どもだけで留守番をさせるのはどうか。夜の繁華街へ幼い子どもを連れて行き、目を離して自分たちは別の買い物をするというのはどうか。子どもたち同士が集まって遊ぶのを、懐疑の眼差しでしか見ないで、どうやって子どもが社会性を身に着け、育っていくのか。子どもに携帯電話やGPSを持たせることをやたら推奨する本であるが、そういう管理が失うものの大きさは何か。
 大人がほんとうにしなければならないことは何だろうか。この本で結論が出たようには、とても思えないのだ。
 曲解であればよいのだが、タイトルにあるように「親と呼ばれないため」「親と呼ばせないため」というのは、子どものためというよりも、結局「親の立場を守りたい」という動機が、この本の底辺を流れていることを象徴していないだろうか。




Takapan
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