『激しく煌めく短い命』
綿矢りさ
文藝春秋
\2350+
2025.8.
読んだ。5頁から634頁。綿矢りさの今のところ最長の長編である。原稿用紙1300枚程度だと言われる。それを読み切った。だが、長いという感覚は、実のところなかった。あるとすれば、前半だろう。
全体は明確に二部に分かれる。全体は、ひたすら久乃の眼差しから描かれ、久乃の心の中までが描かれるが、若干例外的な表現はある。それは、口にしたことを必ずしも「 」に入れず、その外に書く場合がある、ということだ。言ったことを「 」で表すのは常識だが、それが長いと、妙に不自然に見えるときがある。それでこの技法だが、「 」の間に、地の文であるかのような形式にして、実は話しているその言葉を載せている、ということがあるのだ。それはただの心中の言葉であることもあるようだが、それらは普通に読んでいれば区別できる。むしろ、正確に言葉に出したのではなく、要するにこのようなことを言った、とまとめるようなときに便利であろう。「 」だと、残らずそれを音にしたのでなければならないだろうからである。
さて、内容である。第一部は、中学生時代。受験に失敗して公立中学に通うようになったというシチュエーションから、何かしら心の中に歪みを抱きかねないところだが、こうした背景が、実のところ一つひとつ後で意味をもってくる。両親や家族との、もうひとつしっくりこない関係もちらほら感じられてくるが、それも同様である。
中学のエピソードが、半分よりやや多くあるのだが、これは考えようによっては時に冗長であるかもしれない。もし映画にでもするなら、主要人物だけを登場させておいて、そのエピソードを見せるほうが、分かりやすいであろう。私も実は戸惑った。綸についても、最初は分かりにくい。他の子が相手なのかな、と思いそうになることもあった。ただ、ヒントめいているかもしれないが、橋本くんだけは、気をつけて追いかけておいた方がよい。後半にも登場するからだ。
物語は、女の子同士で愛し合うという軸をもって展開する。久乃と綸である。だが、綸の両親が日本人でなく、差別的な扱いを受けていることから、久乃の親などは心の中に引っかかりをもっている。表向きは歓迎するが、さて、どうだか。
綿矢りさは、京都の人である。京都で長く暮らした私だから、京ことばもだが、そこの風土についても、傍目からかもしれないが、ある程度理解はある。京都の差別問題に、かなりはっきりと踏み込んでいたので、少々どきりとした。いまはだいぶ変化して一見そうしたものはないように見えるが、陰ではどうだか分からない。
二人は「つきあう」ようになる。濃厚ではないまでも、一線を越えたような関係になる。それを感づいた周囲の生徒は、二人に興味津々となるが、それは悪い形になってゆく。ついに卒業式の日に、別れ別れになってしまう。ただ、事態はすべて久乃の視点から語られている。このとき綸はどうだったのか。それは、行動と、発言した言葉によってしか読者には分からない。久乃も分からない。
いろいろ謎が多い前半だったが、そのとき蒔かれた伏線は、後で回収されるため、読者はハラハラしながらも、きっと後に安心することができるだろう。
第二部は、最初の頃から20年が経つ。久乃は32歳、バリバリのビジネスパーソンである。ところが、営業のためにいわばまずい手段を用いている。綸との別れがどこか引っかかりながらも、自己実現のために、とにかく数字を上げようと懸命である。場所は東京。そして京都の実家にも、ずっと帰っていない。
ところが、凜も東京にいた。二人は再会する。そしてかつての争いについては、和解する。綸には恋人がいた。だが、良い関係ではないらしい。疲弊した久乃が綸に求めるもの、それを綸は受け容れないけれども、二人は今度は大人の関係となる。
さて、口が滑り過ぎた。もう半分ネタバレである。
女性同士の恋愛という軸があると言ったが、先ほど、差別問題も絡んでいると言った。ビジネスに於ける女性の立場の問題も、横糸になっていただろうか。その後、同性婚の問題も大きなものとなり、社会的な要素も帯びてくる。だが、私たちの人生は、確かに社会の中にいる限り、何らかの形で、社会問題が生き方に関わってくる。それを、ではその社会問題を解決する運動をしよう、とするタイプの人もいるだろうが、それはごく僅かなはず。多くは、それも問題だけれど、自分はこのようにして生きていくわ、と目の前のことに気持ちをこめている。時に流されながら。
最後に近いところで、人の命とは何か、久乃は悩む。宇宙の時間からすれば人間の一生なんて一瞬だ。これがタイトルの「短い命」である。他人の冷たい心を観察しながら、自分にもそれがある、というような、罪の意識のようなものを感じる場面もあり、私は心が惹かれた。そうして、命と向き合い、これからの未来へと希望を見いだしてゆくのだ。
終わりまで、ハラハラさせる。どうなるだろうか、と気を揉む。果たしてどういう結末になるか、それはどうぞお楽しみ戴きたい。
本作は、「文學界」に、2020年から2024年まで掲載されていたのであるが、単行本化するにあたり大幅に改稿したらしい。コロナ禍の中での執筆だけに、何かそうした関係の記述があったのだろうか。分からない。また、連載中のタイトルは「激煌短命」であったことが、「文學界」2025.10.の、本書の刊行記念の特集の記事で紹介されている。こちらも併せてご覧になると、感動が増すだろう。ただ、こちらにはネタバレの文章もあるので、本小説の読了後がお薦めである。
読んでいま、私は胸がいっぱいである。綿矢りさは先に、レズビアンをテーマにした『生のみ生のままで』を発表している。私はそれも読み、心を動かされた。が、たぶん今回の方が、いっそう深まっていたように感じた。
細かな表現にも、どきどきし、また溜息すら出る。綿矢りさの文体は、私は好きだ。こんなふうに表現できるのだ、と感心する。最年少で芥川賞に輝いて後、良い歩みを続けているのではないか。これからも楽しみである。

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