本

『明治・大正・昭和の変な広告』

ホンとの本

『明治・大正・昭和の変な広告』
福田智弘
河出書房新社
\2000+
2025.3.

 タイトル通りの本である。表紙から、なんじゃこりゃ、と思わせるような広告の写真が並んでいる。有名な「赤玉ポートワイン」の日本初ヌードポスターが目につくかもしれないが、他のイラストのものも、よく見てゆけばツッコミどころ満載のおもしろい内容である。
 サブタイトルには「懐かしくて楽しい、時代を映したメディア!!」と説明がなされているが、これもまた言い得て妙であろう。
 広告の掲載については、内容的なまとめかたが難しいようで、本書は全体が4章に分けられているが、その分類はかなり恣意的な基準となっている。列挙すると、「目にとまるナイスなイラストや写真」「時代を越えて響くおもしろコピー」「今じゃありえない時代を感じる名品&広告」そして「心意気を感じる大胆デザイン&コピー」となっており、どういうものが並んでいるか、全く想像を許さないような分け方である。
 最初の「目にとまる云々」は、先のポートワインの説明から始まる。気の毒に、モデルの女性は親に感動されたという逸話も書かれている。百年以上昔にこれが発表された、というところに、いまの私たちはいろいろと思うことがあるだろう。さらに遡る時代に、イラストが主で、小さな子どもが飛ばす風船に提がる短冊のようなものに、薬の名と共に「ばい毒・りん病」と書かれてあるのもシュールである。但し、概して、文字が多くの面積を占め、説明を詳しくしようとしている広告が多く、新聞広告だと特にそのようになるのかもしれない。ミッキーマウスやヒトラーなど、著作権はどうなるのかと心配するようなものもあるし、試合中の野球選手が焼酎を呑んでいるイラストは、現代でもそんなアイディアは出てこないだろうと思わせる。
 そう、これらは面白おかしく見ているだけではもったいない。百年単位の昔のものだとはいっても、デザインは完全に古くなっただけではないと思うのだ。流行は繰り返すとも言い、レトロものが却って新鮮に見えて新たなファッションになる、という事実もあるように、これらのデザインは、いまの時代のクリエイターにとって、アイディアのヒントになるのではないか、と思うのだ。
 「コピー云々」は、紹介しやすいかもしれない。「何がなんでもカボチャを作れ」は、太平洋戦争末期のポスター。「寒い日に温かい設備のある高島屋へ是非御光来下さい」というのは、大正期には貴重な暖房設備をウリにしたものである。「保険は人生の浮袋」というコピーは、なるほどと唸ってしまう。湿布のために「スポーツのオーバワークにスランプに」とは、ちょっとどうかなと思わせる分、広告としては成功であるかもしれない。男が指さすイラストに、「是れ 是れ 是れだな」と文字が目立つものは、いまでも通用しそうである。ビールが「液体のパン 活力の源泉」は考えてみれば納得もしそうだし、現実にステーキ肉くらいのカロリーがあったようで、説得力があったかもしれない。
 今でも、配布するカレンダーに広告料を得るために企業名が印刷されていることがあるが、そもそもその店の広告が暦をデザインしているものが、「今じゃありえない云々」の章にあった。それは、旧暦と新暦を比較して教えてくれるものであった。新暦が現れて四半世紀経つ頃だが、まだまだ生活は旧暦で営まれていたのだろう。それが、新暦で公的に動くようになった社会生活とをつなぐ必要が強くなった、ということなのかもしれない。また、米を使わずに化学的に製造した「合成酒」のコマーシャルが雑誌広告にあった。この製品が企画され、やがて製品化した背景にあったのは、米騒動であった。いやはや、確かに合成酒が求められたというのは当然であるかもしれない。
 私は「すき焼き」というが、確かに「牛鍋」という言い方もあった。こちらは関東由来だという。だが関東大震災で牛鍋店が被災したため、関西の「すき焼き」の名がその後一般的になっていったという話だ。こうした歴史の背景も本書にはさかんに紹介されているので、デザインもそることながら、歴史を学ぶ気持ちになることが度々あった。「忠君ハブラシ」なるものは、もう製造されてほしくないものだ。
 最後の「心意気云々」も簡単に触れる。森永の、天使の絵と裸の女性のポスターは、明治期としては大胆であっただろう。その森永のキャラメルをもちにこにこしている男性の大きな顔がある。双葉山である。これは立派な広告塔であったろう。ヤマハが、もともと創業者「山葉寅楠」に基づく会社であったこと、そう言えば昭和の終わり頃にやっと「ヤマハ」という表記になるまでは、「日本楽器」だったことを思い出した。
 しかしここでもやはり、もう見たくないコピーがあった。「戦費となり貯蓄となる生命保険!」という「帝国生命」の大きな文字である。1942年のものである。
 昭和100年の年に出版できる喜びを最後に挨拶のように記した著者は、プロフィールに「ねこねこ日本史」を監修していると書かれていた。歴史の猛者である。学者ではなく実践的なライターであるところに、本書のきらめく魅力の背景を感じたように思う。




Takapan
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